・・・封筒の中には手紙のほかにも、半紙に一の字を引いたのが、四つ折のままはいっていた。「どこ? 神山さん、この太極堂と云うのは。」 洋一はそれでも珍しそうに、叔母の読んでいる手紙を覗きこんだ。「二町目の角に洋食屋がありましょう。あの露・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 粟野さんはてれ隠しに微笑しながら、四つ折に折った十円札を出した。「これはほんの少しですが、東京行の汽車賃に使って下さい。」 保吉は大いに狼狽した。ロックフェラアに金を借りることは一再ならず空想している。しかし粟野さんに金を借り・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・「四つ足めが」 叫びと共に彼れは疎藪の中に飛びこんだ。とげとげする触感が、寝る時のほか脱いだ事のない草鞋の底に二足三足感じられたと思うと、四足目は軟いむっちりした肉体を踏みつけた。彼れは思わずその足の力をぬこうとしたが、同時に狂暴な・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・小僧は、もの心ついた四つ五つ時分から、親たちに聞いて知っている。大女の小母さんは、娘の時に一度死んで、通夜の三日の真夜中に蘇生った。その時分から酒を飲んだから酔って転寝でもした気でいたろう。力はあるし、棺桶をめりめりと鳴らした。それが高島田・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・稀に散在して見える三つ四つの燈火がほとんど水にひッついて、水平線の上に浮いてるかのごとく、寂しい光を漏らしている。 何か人声が遠くに聞えるよと耳を立てて聞くと、助け舟は無いかア……助け舟は無いかア……と叫ぶのである。それも三回ばかりで声・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・私の外曾祖父の家にもこの種の写本が本箱に四つ五つあった。その中に馬琴の『美少年録』や『玉石童子訓』や『朝夷巡島記』や『侠客伝』があった。ドウしてコンナ、そこらに転がってる珍らしくもないものを叮嚀に写して、手製とはいえ立派に表紙をつけて保存す・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・そんなら、三つ四つ置いてゆきましょうか。」と、車を引いてきた若い男はいいました。「そんなら、三つばかり置いていってください。」と、おかみさんはいいました。 飴チョコは、三つだけ、この店に置かれることとなりました。おかみさんは、三つの・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・としばらくしてから口に出して言ったが、妙に目を光らせてあたりを見廻し、膝の上の端書を手早く四つに折って帯の間へ蔵うと、火鉢に凭れて火をせせり出す。 長火鉢の猫板に片肱突いて、美しい額際を抑えながら、片手の火箸で炭を突ッ衝いたり、灰を平し・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ある冬の朝、下肥えを汲みに大阪へ出たついでに、高津の私の生家へ立ち寄って言うのには、四つになる長女に守をさせられぬこともないが、近所には池もあります。そして、せっかく寄ったのだから汲ませていただきますと言って、汲み取った下肥えの代りに私を置・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・それは一人の五十がらみの男が、顔色の悪い四つくらいの男の児と向かい合って、その朝餉の膳に向かっているありさまだった。その顔には浮世の苦労が陰鬱に刻まれていた。彼はひと言も物を言わずに箸を動かしていた。そしてその顔色の悪い子供も黙って、馴れな・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫