・・・これ他なし、幾十年もしくは幾百年幾千年の因襲的法則をもって個人の権能を束縛する社会に対して、我と我が天地を造らむとする人は、勢いまず奮闘の態度を採り侵略の行動に出なければならぬ。四囲の抑制ようやく烈しきにしたがってはついにこれに反逆し破壊す・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・夕照りうららかな四囲の若葉をその水面に写し、湖心寂然として人世以外に別天地の意味を湛えている。 この小湖には俗な名がついている、俗な名を言えば清地を汚すの感がある。湖水を挟んで相対している二つの古刹は、東岡なるを済福寺とかいう。神々しい・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・私は私の運命そのままの四囲のなかに歩いている。これは私の心そのままの姿であり、ここにいて私は日なたのなかで感じるようななんらの偽瞞をも感じない。私の神経は暗い行手に向かって張り切り、今や決然とした意志を感じる。なんというそれは気持のいいこと・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・ 自分は持て来た小説を懐から出して心長閑に読んで居ると、日は暖かに照り空は高く晴れ此処よりは海も見えず、人声も聞えず、汀に転がる波音の穏かに重々しく聞える外は四囲寂然として居るので、何時しか心を全然書籍に取られて了った。 然にふと物・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・中流より石級の方を望めば理髪所の燈火赤く四囲の闇を隈どり、そが前を少女の群れゆきつ返りつして守唄の節合わするが聞こゆ。』 その次が十一月二十六日の記、『午後土河内村を訪う。堅田隧道の前を左に小径をきり坂を越ゆれば一軒の農家、山の麓に・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・と自分は四囲を見廻して「これから新町まで行って来る」「だって貴所……」「否や、母上さんに会って取返えして来る。余りだ、余りだ。親だってこの事だけは黙っておられるものか。然しどうしてそんな浅ましい心を起したのだろう……」 自分は涙・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・しかし、この矛盾・衝突は、ただ四囲の境遇のためによぎなくせられ、もしくは養成せられたので、その本来の性質ではない。いな、彼らは、完全に一致・合同しうべきもの、させねばならぬものである。動物の群集にもあれ、人間の社会にもあれ、この二者のつねに・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 此二者は古来氷炭相容れざる者の如くに考えられて居た、又た事実に於て屡ば矛盾もし衝突もした、然し此矛盾・衝突は唯だ四囲の境遇の為めに余儀なくせられ、若くば養成せられたので、其本来の性質ではない、否な彼等は完全に一致・合同し得べき者、させ・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ と黒鳥の歌が松の木の間で聞こえるとともに馬どもはてんでんばらばらにどこかに行ってしまって、四囲は元の静けさにかえりました。 そこで二人は第二の門を通ってまたかきがねをかけました。 その先には作物を作らずに休ませておく畑があって・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・簡単な実験でも何遍も繰返すうちには四囲の状況は種々に変化するから、結果に多少の異同や齟齬を来すのは常の事である。このような場合における教員の措置如何は生徒の科学的精神の死活に関するような影響を有するものと思う。この場合に結果を都合のよいよう・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
出典:青空文庫