・・・見ると小犬のいた所には、横になった支那人が一人、四角な枕へ肘をのせながら、悠々と鴉片を燻らせている! 迫った額、長い睫毛、それから左の目尻の黒子。――すべてが金に違いなかった。のみならず彼はお蓮を見ると、やはり煙管を啣えたまま、昔の通り涼し・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・そこで咄嗟に、戦争に関係した奇抜な逸話を予想しながら、その紙面へ眼をやると、果してそこには、日本の新聞口調に直すとこんな記事が、四角な字ばかりで物々しく掲げてあった。 ――街の剃頭店主人、何小二なる者は、日清戦争に出征して、屡々勲功を顕・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ジムというその子の持っている絵具は舶来の上等のもので、軽い木の箱の中に、十二種の絵具が小さな墨のように四角な形にかためられて、二列にならんでいました。どの色も美しかったが、とりわけて藍と洋紅とは喫驚するほど美しいものでした。ジムは僕より身長・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・ 一秒時の間、扉の開かれた跡の、四角な戸口が、半明半暗の廊下を向うに見せて、空虚でいた。そしてこの一秒時が無窮に長く思われて、これを見詰めているのが、何とも言えぬ苦しさであった。次の刹那には、足取り行儀好く、巡査が二人広間に這入って来て・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・……大きな建物ばかり、四方に聳立した中にこの仄白いのが、四角に暗夜を抽いた、どの窓にも光は見えず、靄の曇りで陰々としている。――場所に間違いはなかろう――大温習会、日本橋連中、と門柱に立掛けた、字のほかは真白な立看板を、白い電燈で照らしたの・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 藍の長上下、黄の熨斗目、小刀をたしなみ、持扇で、舞台で名のった――脊の低い、肩の四角な、堅くなったか、癇のせいか、首のやや傾いだアドである。「――某が屋敷に、当年はじめて、何とも知れぬくさびらが生えた――ひたもの取って捨つれど・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・岡村は自分で何かと茶の用意をする。予は急いで一風呂這入ってくる。岡村は四角な茶ぶだいを火鉢の側に据え、そうして茶を入れて待って居た。東京ならば牛鍋屋か鰻屋ででもなければ見られない茶ぶだいなるものの前に座を設けられた予は、岡村は暢気だから、未・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・キチンと四角に坐ったまま少しも膝をくずさないで、少し反身に煙草を燻かしながらニヤリニヤリして、余り口数を利かずにジロジロ部屋の周囲を見廻していた。どんな話をしたか忘れてしまったが、左に右く初めて来たのであるが、朝の九時ごろから夕方近くまで話・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・大きな、鉄格子のはまった、四角な箱を車に乗せてきました。その箱の中には、かつて、とらや、ししや、ひょうなどを入れたことがあるのです。 このやさしい人魚も、やはり海の中の獣物だというので、とらや、ししと同じように取り扱おうとしたのでありま・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・大きな鉄格子のはまった四角な箱を車に乗せて来ました。その箱の中には、曾て虎や、獅子や、豹などを入れたことがあるのです。 このやさしい人魚も、やはり海の中の獣物だというので、虎や、獅子と同じように取扱おうとするのであります。もし、この箱を・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
出典:青空文庫