・・・これはどういうわけであろうと考えて、新吉はふと、この詰将棋の盤はいつもの四角い盤でなく、円形の盤であるためかなとも思った。実は新吉の描こうとしているのは今日の世相であった。 世相は歪んだ表情を呈しているが、新吉にとっては、世相は三角でも・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ 第四角まで後方の馬ごみに包まれて、黒地に白い銭形紋散らしの騎手の服も見えず、その馬に投票していた少数の者もほとんど諦めかけていたような馬が、最後の直線コースにかかると急に馬ごみの中から抜け出してぐいぐい伸びて行く。鞭は持たず、伏せをし・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・と、法科の上田がその四角の顔をさらにもっともらしくして言いますと、鷹見が、「しかし樋口には何よりこの紐がうれしいのだろう、かいでみたまえ、どんなにおいがするか」「ばか言え、樋口じゃあるまいし」と、上田の声が少し高かったので、鸚鵡が一・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・顔を上げて我れ知らずにやりと笑った時は、四角の顔がすぐ、「そら見ろ、気持ちが直ったろう。飲れ飲れ、一本で足りなきゃアもう一本飲れ、わしが引き受けるから。なんでも元気をつけるにゃアこれに限るッて事よ!」と御自身のほうが大元気になって来たの・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ 彼等の周囲にあるものは、はてしない雪の曠野と、四角ばった煉瓦の兵営と、撃ち合いばかりだ。 誰のために彼等はこういうところで雪に埋れていなければならないだろう。それは自分のためでもなければ親のためでもないのだ。懐手をして、彼等を酷使・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・そして、自分では高く止っているような四角ばった声を出した。彼は婦人に向っても、それから、そう使ってはならない時にでも、常に「お前」とロシア人を呼びすてにした。彼は、耳ばかりで、曲りなりにロシア語を覚えたのであった。「戦争だよ、多分。」・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・兎角コチンコチンコセコセとした奴らは市区改正の話しを聞くと直に日本が四角の国でないから残念だなどと馬鹿馬鹿しい事を考えるのサ。白痴が羊羹を切るように世界の事が料理されてたまるものか。元来古今を貫ぬく真理を知らないから困るのサ、僕が大真理を唱・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・青春の歌、間抜けの友は調子に乗り、レコオド持ち出し、こは乾杯の歌、勝利の歌、歌え歌わむ、など騒々しきを、夜も更けたり、またの日にこそ、と約した、またの日、ああ、香煙濛々の底、仏間の奥隅、屏風の陰、白き四角の布切れの下、鼻孔には綿、いやはや、・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ THE HIMAWARI と黄色いロオマ字が書かれてある四角の軒燈の下で、私たちは立ちどまった。女給四人は、薄暗い門口に白い顔を四つ浮かせていた。 私たちは次のような争論をはじめたのである。 ――あまり馬鹿にするなよ。 ―・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ と、娘は恥ずかしそうに顔を赧くして、礼を言った。四角の輪廓をした大きな顔は、さも嬉しそうににこにこと笑って、娘の白い美しい手にその留針を渡した。 「どうもありがとうございました」 と、再びていねいに娘は礼を述べて、そして踵をめ・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫