・・・とげとげする触感が、寝る時のほか脱いだ事のない草鞋の底に二足三足感じられたと思うと、四足目は軟いむっちりした肉体を踏みつけた。彼れは思わずその足の力をぬこうとしたが、同時に狂暴な衝動に駈られて、満身の重みをそれに托した。「痛い」 そ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・這奴四足めに瀬踏をさせて、可いとなって、その後で取蒐ろう。食ものが、悪いかして。脂のない人間だ。一の烏 この際、乾ものでも構わぬよ。二の烏 生命がけで乾ものを食って、一分が立つと思うか、高蒔絵のお肴を待て。三の烏 や、待つといえ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・僕は気の毒に思った、その柔和な顔つきのまだ生き生きしたところを見て、無残にも四足を縛られたまま松の枝から倒さに下がっているところを見るとかあいそうでならなかった。 たちまち小藪を分けてやッて来たのは猟師である。僕を見て『坊様、今に馬・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・、その吐瀉物をあとへ汚くのこして死ぬのは、なんとしても、心残りであったから、マントの袖で拭いてまわって、いつしか、私にも、薬がきいて、ぬらぬら濡れている岩の上を踏みぬめらかし踏みすべり、まっくろぐろの四足獣、のどに赤熱の鉄火箸を、五寸も六寸・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・なりもふりもかまわず、四足をなげ出し、うす赤い腹をひくひく動かしながら、日向に一日じっとしている。ひとがその傍を通っても、吠えるどころか、薄目をあけて、うっとり見送り、また眼をつぶる。みっともないものである。きたならしい。海の動物にたとえれ・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・それほどにまでこの四足獣はわれわれの頭の中で人格化しているのだと思われる。 私は夜ふけてひとり仕事でもやっている時に、長い縁側を歩いて来る軽い足音を聞く。そして椅子の下へはいって来てそっと私の足をなでたりすると、思わず「どうした」とか「・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・もしこの家を引越すとするとこの四足の靴をどうして持って行こうかと思い出した。一足は穿く、二足は革鞄につまるだろう、しかし余る一足は手にさげる訳には行かんな、裸で馬車の中へ投り込むか、しかし引越す前には一足はたしかに破れるだろう。靴はどうでも・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・太ったもう一人の弟は被った羽織の下で四足で這いながら自分が本当の虎になったような威力に快く酔う。 そんなことをして遊ぶ部屋の端が、一畳板敷になっていた。三尺の窓が低く明いている。壁によせて長火鉢が置いてあるが、小さい子が三人並ぶゆと・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
出典:青空文庫