・・・前に馴染だった鳥屋の女中に、男か何か出来た時には、その女中と立ち廻りの喧嘩をした上、大怪我をさせたというじゃありませんか? このほかにもまだあの男には、無理心中をしかけた事だの、師匠の娘と駈落ちをした事だの、いろいろ悪い噂も聞いています。そ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・両足を揃えて真直に立ったままどっちにも倒れないのを勝にして見たり、片足で立ちっこをして見たりして、三人は面白がって人魚のように跳ね廻りました。 その中にMが膝位の深さの所まで行って見ました。そうすると紆波が来る度ごとにMは脊延びをしなけ・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・畔づたいに廻りながら、やがて端へ出て、横向に桃を見ると、その樹のあたりから路が坂に低くなる、両方は、飛々差覗く、小屋、藁屋を、屋根から埋むばかり底広がりに奥を蔽うて、見尽されない桜であった。 余りの思いがけなさに、渠は寂然たる春昼をただ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ かねて信心する養安寺村の蛇王権現にお詣りをして、帰りに北の幸谷なるお千代の里へ廻り、晩くなれば里に一宿してくるというに、お千代の計らいがあるのである。 その日は朝も早めに起き、二人して朝の事一通りを片づけ、互いに髪を結い合う。おと・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・が、一切の前提を破壊してしまったならドコまで行っても思索は極まりなく、結局は出口のない八幡知らずへ踏込んだと同じく、一つ処をドウドウ廻りするより外はなくなる。それでは阿波の鳴門の渦に巻込まれて底へ底へと沈むようなもんで、頭の疲れや苦痛に堪え・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・「おや、とんだ廻り気さ。私はね、お前さんが親類付合いとお言いだったから、それからふと考えたんだが……お前さんだってどうせ貰わなきゃならないんだから、一人よさそうなのを世話して上げたら私たちが仲人というので、この後も何ぞにつけ相談対手にも・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・こんな事のあったとは、彼は夢にも知らなかった、相変らず旅廻りをしながら、不図或宿屋へ着くと、婢女が、二枚の座蒲団を出したり、お膳を二人前据えたりなどするので「己一人だよ」と注意をすると、婢女は妙な顔をして、「お連様は」というのであった、彼も・・・ 小山内薫 「因果」
・・・私の夢はいつもそうした灯の周りに暈となってぐるぐると廻るのです。私は一と六の日ごとに平野町に夜店が出る灯ともしころになると、そわそわとして、そして店を抜けだすのでした。それから、あの新世界の通天閣の灯。ライオンハミガキの広告灯が赤になり青に・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そして最初に訪ねて来た時分の三百の煮え切らない、変に廻り冗く持ちかけて来る話を、幾らか馬鹿にした気持で、塀いっぱいに匐いのぼった朝顔を見い/\聴いていたのであった。所がそのうち、二度三度と来るうちに、三百の口調態度がすっかり変って来ていた。・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・一つには、彼自身体裁屋なので、年頃の信子の気持を先廻りしたつもりであった。しかし母と信子があまり「かまわない、かまわない」と言うのであちらまかせにしてしまった。 母と娘と姪が、夏の朝の明け方を三人で、一人は乳母車をおし、一人はいでたちを・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫