・・・これが保存の法と恢復の策とを講ずる如きは時代の趨勢に反した事業であるのみならず、又既に其時を逸している。わたくし達は白鬚神社のほとりに車を棄て歩んで園の門に抵るまでの途すがら、胸中窃に廃園は唯その有るがままの廃園として之をながめたい。そして・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・昔は一遍社会から葬られた者は、容易に恢復する事が出来なかったが、今日では人の噂も七十五日という如く寛大となったのであります。社会の制裁が弛んだというかも知れませんが一方からいいましたならば、事実にそういう欠点のあり得る事を二元的に認めて、こ・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・だがその瞬間に、私の記憶と常識が回復した。気が付いて見れば、それは私のよく知っている、近所の詰らない、ありふれた郊外の町なのである。いつものように、四ツ辻にポストが立って、煙草屋には胃病の娘が坐っている。そして店々の飾窓には、いつもの流行お・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・でないと出来上った六神丸の効き目が尠いだろうから、だが、――私はその階段を昇りながら考えつづけた――起死回生の霊薬なる六神丸が、その製造の当初に於て、その存在の最大にして且つ、唯一の理由なる生命の回復、或は持続を、平然と裏切って、却って之を・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・その細目にいたりては、一年農作の飢饉にあえば、これを救うの術を施し、一時、商況の不景気を見れば、その回復の法をはかり、敵国外患の警を聞けばただちに兵を足し、事、平和に帰すれば、また財政を脩むる等、左顧右視、臨機応変、一日片時も怠慢に附すべか・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・気候さえあたり前だったら今年は僕はきっといままでの旱魃の損害を恢復してみせる。そして来年からはもううちの経済も楽にするし長根ぜんたいまできっと生々した愉快なものにしてみせる。一千九百二十六年六月十四日 今日はやっと正午から七・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・生きる自由、学び、働き、良心に従って行動する自由とともに、人権の一つとして奪われた理性を回復しようとする日本の青春の奮闘がある。すべての人々に訴えるこれらのたたかいの成果におそれて、労働組合、言論機関、芸能人ばかりでなく、教授と学生への思想・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・ 九郎右衛門の恢復したのを、文吉は喜んだが、ここに今一つの心配が出来た。それは不断から機嫌の変わり易い宇平が、病後に際立って精神の変調を呈して来たことである。 宇平は常はおとなしい性である。それにどこか世馴れぬぼんやりした所があ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・一の傷ついた肺臓が、自身の回復した喜びとして、その回復期の続く限り、無数の傷ついた肺臓を助けて行く。これが、この花園の中で呼吸している肺臓の特種な運動の体系であった。 五 ここの花園の中では、新鮮な空気と日光と愛・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・人を表現するためにはただ顔面だけに切り詰めることができるが、その切り詰められた顔面は自由に肢体を回復する力を持っている。そうしてみると、顔面は人の存在にとって核心的な意義を持つものである。それは単に肉体の一部分であるのではなく、肉体を己れに・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫