・・・――云わば、修理の心は、自分の尾を追いかける猫のように、休みなく、不安から不安へと、廻転していたのである。 ――――――――――――――――――――――――― 修理のこの逆上は、少からず一家中の憂慮する所となった・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 渠は左右のものを見、上下のものを視むるとき、さらにその顔を動かし、首を掉ることをせざれども、瞳は自在に回転して、随意にその用を弁ずるなり。 されば路すがらの事々物々、たとえばお堀端の芝生の一面に白くほの見ゆるに、幾条の蛇の這えるが・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ 土用近い暑さのところへ汁を三杯も啜ったので、私は全身汗が走り、寝ぼけたような回転を続けている扇風機の風にあたって、むかし千日前の常磐座の舞台で、写真の合間に猛烈な響を立てて回転した二十吋もある大扇風機や、銭湯の天井に仕掛けたぶるんぶる・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・確かどこかで触ったことのあるような、口へ含んだことのあるような運動である。廻転機のように絶えず廻っているようで、寝ている自分の足の先あたりを想像すれば、途方もなく遠方にあるような気持にすぐそれが捲き込まれてしまう。本などを読んでいると時とす・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 私は近くの沖にゆっくり明滅している廻転燈台の火を眺めながら、永い絵巻のような夜の終わりを感じていた。舷の触れ合う音、とも綱の張る音、睡たげな船の灯、すべてが暗く静かにそして内輪で、柔やかな感傷を誘った。どこかに捜して宿をとろうか、それ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・ こたびは青年手に持ちし小枝をそっと水に落とせば、小枝は軽く浮かびて回転りつつ、少女の手もと近く漂いぬ。少女は直ちにこれを拾い上げて、紅の葉ごとに水の滴り落つるを見てありしがまたかの大皿にのせ、にわかに気づけるもののごとく振り向きたり。・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・それは、見事な癇高いうなり声をあげて回転する独楽のように、そこら中を、はげしくキリキリとはねまわった。「や、あいつは手負いになったぞ。」 彼等は、しばらく、気狂いのようにはねる豚を見入っていた。 後藤は、も一発、射撃した。が、今・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・そこらの林や、立木が遠い山を中心に車窓の前をキリ/\廻転して行った。いつか、列車は速力をゆるめた。と、雪をかむった鉄橋が目前に現れてきた。「異状無ァし!」 鉄橋の警戒隊は列車の窓を見上げて叫んだ。「よろしい! 前進。」 そし・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・圧搾空気で廻転する鑿岩機のブルブルッという爆音が遠くからかすかにひゞいて来る。その手前には、モンペイをはき、髪をくる/\巻きにした女達が掘りおこされた鉱石を合品で、片口へかきこみ、両脚を踏ンばって、鉱車へ投げこんでいた。乳のあたり、腰から太・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・老博士は、ビヤホールの廻転ドアから、くるりと排出され、よろめき、その都会の侘びしい旅雁の列に身を投じ、たちまち、もまれ押されて、泳ぐような恰好で旅雁と共に流れて行きます。けれども、今夜の老博士は、この新宿の大群衆の中で、おそらくは一ばん自信・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫