第一章 死生第二章 運命第三章 道徳―罪悪第四章 半生の回顧第五章 獄中の回顧 第一章 死生 一 わたくしは、死刑に処せらるべく、いま東京監獄の一室に拘禁さ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・明治年代も終りを告げて、回顧の情が人々の心の中に浮んで来た時に、どういう人の仕事を挙げるかという問に対しては、いつでも私は北村君を忘れられない人の一人に挙げて置いた。北村君の一番終いの仕事は、民友社から頼まれて書いたエマルソンの評伝であった・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・三 ここまで回顧して来て、いつも思い悩むのはその奥である。何が自分をして諦めさせるのだろう。私に取ってはそれが神の力でも信仰の力でもなくして、実に自分の知識の力である。もしみずから僣して聡明ということを許されるなら、聡明なか・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・などという意味に解してもよろしいかと思われるが、私の今日までの三十余年間の好色生活を回顧しても、そのような事から所謂「恋愛」が開始せられた事は一度も無かった。「もののはずみ」で、つい、女性の繊手を握ってしまった事も無かったし、いわんや、「ふ・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・湯浅氏の回顧陳列もある意味で日本洋画界の歴史の側面を示すものである。これを見ると白馬会時代からの洋画界のおさらえができるような気がする。ただこの人の昔の絵と今の絵との間にある大きな谷にどういう橋がかかっているかが私にはわからない。 新し・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・しかし今年は「回顧陳列」というのがあるというので、これだけはぜひ見たいと思っていたものを、それすら当日の朝は綺麗に忘れてしまっていたのである。これは耄碌と云われても仕方がない。 昼過ぎに上野へ出掛けたが、美術館前の通りは自動車で言葉通り・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・否、かえって自分の学生時代を回顧すると、苦学というよりむしろ楽学とでも言うほうかもしれぬ。こういう物をほしい、ああいう書物が買いたいと言えば、親はいうに任せてなんでも買ってくれた。別にやかましい小言も聞かなければ、勉強についてもむつかしい制・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
・・・明治の初年に狂気のごとく駈足で来た日本も、いつの間にか足もとを見て歩くようになり、内観するようになり、回顧もするようになり、内治のきまりも一先ずついて、二度の戦争に領土は広がる、新日本の統一ここに一段落を劃した観がある。維新前後志士の苦心も・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 大正の時代は今日よりして当時を回顧すれば、日本の生活の最豊富な時であった。一時の盛大はやがて風雲の気を醸し、遂に今日の衰亡を招ぐに終った。われわれが再びバナナやパインアップルを貪り食うことのできるのはいつの日であろう。この次の時代をつ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ ○ わたくしはつらつら過去の生涯を回顧して見ると、この六十年の間、わたくしの思想と生活との方向を指導し来ったものは、支那人と西洋人との思想であった。支那の思想は老荘と仏教とを混和した宋以後のものである。西洋の・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫