・・・あの事務室の廊下に面した、ガラス障子をはずして、中へ図書室の細長い机と、講堂にあるベンチとを持ちこんで、それに三人で尻をすえたのである。外の壁へは、高田先生に書いていただいた、「ただで、手紙を書いてあげます」という貼紙をしたので、直ちに多く・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ すかさず訊くと、戸沢図書虎先生は雲の上でそわそわとされているらしく、「忍術とは、ええと、忍術とは、ええ、忍、忍、忍……と。うむ、よき洒落が出て来ぬわい。えい、面倒じゃ。ゴロ合わせはこれまで。雷が待っておる。佐助よ、さらばじゃ」・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・と原は濃い眉を動して、「一つ図書館をやって見たいと思ってる」「むむ、図書館も面白かろう」と相川は力を入れた。「既に金沢の方で、学校の図書室を預って、多少その方の経験もあるが、何となく僕の趣味に適するんだね――あの議院に附属した大な図・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ 学生の数も少なかったから図書室などもほとんど我物顔に出入りして手当り次第にあらゆる書物を引っぱり出してはあてもなく好奇心を満足しそうなものを物色した。古い『フィル・マグ』〔Philosophical Magazine〕の中から「首釣の・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・ それはとにかく煙草をのまぬ人は喫煙者に同情がないということだけはたしかである。図書室などで喫煙を禁じるのは、喫煙家にとっては読書を禁じられると同等の効果を生じる。 先年胃をわずらった時に医者から煙草を止めた方がいいと云われた。「煙・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・S氏は自分にその人の名刺を見せて、このかたがP教室の図書室を見たいと言っておられるが、どうしましょうかというのである。その名刺を見ると、それはN国のK大学教授で空中窒素の固定や北光の研究者として有名な物理学者のB教授であった。同教授にはかつ・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・自由に図書室へ出入りすることを許されたが図書室の中はいつ行ってみても誰もいないでひっそりしていた。 一緒に講義を聞いたのはせいぜい五、六人くらいで中にたしかルーマニア人でオテテレサヌという男がいた。はじめ会って名刺を貰ってその名前をよん・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・カーライルの歿後は有志家の発起で彼の生前使用したる器物調度図書典籍を蒐めてこれを各室に按排し好事のものにはいつでも縦覧せしむる便宜さえ謀られた。 文学者でチェルシーに縁故のあるものを挙げると昔しはトマス・モア、下ってスモレット、なお下っ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・しかもその二階は図書室と学長室などがあって、太いズボンをつけた外山さんが、鍵をがちゃつかしながら、よく学長室に出入せられるのを見た。法文の教室は下だけで、間に合うていたのである。当時の選科生というものは、誠にみじめなものであった。無論、学校・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・「――図書室の本が、まだモスクワから届かないんだってさ。手紙をやりましょうね」「お客さんよ」 その文化委員の婦人労働者は手紙を見ると、黙って私の方へ手をさし出し、きつく、情をこめて握手をした。「――みんな見せますよ、見てお国・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
出典:青空文庫