・・・軽部は大阪天王寺第×小学校の教員、出世がこの男の固着観念で、若い身空で浄瑠璃など習っていたが、むろん浄瑠璃ぐるいの校長に取りいるためだった。下寺町の広沢八助に入門し、校長の相弟子たる光栄に浴していた。なお校長の驥尾に附して、日本橋五丁目の裏・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 言葉ばかりでなく、大阪という土地については、かねがね伝統的な定説というものが出来ていて、大阪人に共通の特徴、大阪というところは猫も杓子もこういう風ですなという固着観念を、猫も杓子も持っていて、私はそんな定評を見聴きするたびに、ああ大阪・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・それが、多年の熟練の結果であろうが、はじめひょいと載せただけでもう第一近似的にはちゃんと正しい位置におかれている、それで、あとはただこの団塊をしっかり台板に押しつけ固着させるための操作を兼ねて同時にほんの少しの第二近似を行なうだけである。さ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ますます洋学に固着してますます心志の高尚なりしもゆえんなきに非ざるなり。 右の如く、ただ気位のみ高くなりて、さて、その生計はいかんというに、かつて目的あることなし。これまた、士族の気風にして、祖先以来、些少にても家禄あれば、とうてい飢渇・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・すなわち国を立てまた政府を設る所以にして、すでに一国の名を成すときは人民はますますこれに固着して自他の分を明にし、他国他政府に対しては恰も痛痒相感ぜざるがごとくなるのみならず、陰陽表裏共に自家の利益栄誉を主張してほとんど至らざるところなく、・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・潮流の工合で、南洋からそういう植物をのせたまま浮島が漂って来て、大仕掛の山葵卸のようなそれ等の巖のギザギザに引っかかったまま固着したのか、または海中噴火でもし、溶岩が太平洋の波に打たれ、叩かれ、化学的分解作用で変化して巖はそんな奇妙なものと・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・このことは、現代生活と文学とから研究の分野を切りはなしてしまったのみならず、専門家間に実証主義という名で呼ばれているそうであるところの一部の研究家を、その準備的研究の上に固着せしめ、枕草子の専門家或は大鏡の専門家という、瑣末な活動に封鎖する・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・女性が常識のなかで実利的にばかりなってしまったり、固着した低俗に陥ってしまったりしては悲しいと思う。因幡の兎のようにされたわたしの同級の可哀そうな插話にしろ、もしあの時代の令嬢たちが、卒業すればあとにはお嫁に行くことしか目標がないような教育・・・ 宮本百合子 「歳月」
・・・刊行物を中心とするグループも過去一年あるいは半年の間に決してプロレタリア文学に対する理解の一定段階に固着していたのではなく、グループ内の作家理論家の成長と外部的情勢との摩擦によって、ある雑誌とその編輯同人をなしていたグループは発展的に解散し・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・ これが固着的に考えられれば、どんなに現実からはなれたものとなるかは、毎朝の新聞一枚よめば誰のめにも明白である。日本の一九四七年にブルジョア民主主義の完成を求めるというひとは、どこにその実際の経済的地盤――次第に興隆に向いつつある若い資・・・ 宮本百合子 「真夏の夜の夢」
出典:青空文庫