・・・斎木の御新造は、人魚になった、あの暴風雨は、北海の浜から、潮が迎いに来たのだと言った―― その翌月、急病で斎木国手が亡くなった。あとは散々である。代診を養子に取立ててあったのが、成上りのその肥満女と、家蔵を売って行方知れず、……下男下女・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ かく言い懸けて伯爵夫人は、がっくりと仰向きつつ、凄冷極まりなき最後の眼に、国手をじっと瞻りて、「でも、あなたは、あなたは、私を知りますまい!」 謂うとき晩し、高峰が手にせるメスに片手を添えて、乳の下深く掻き切りぬ。医学士は真蒼・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・枕頭には軍医や看護婦が居て、其外彼得堡で有名な某国手がおれの傷を負った足の上に屈懸っているソノ馴染の顔も見える。国手は手を血塗にして脚の処で暫く何かやッていたが、頓て此方を向いて、「君は命拾をしたぞ! もう大丈夫。脚を一本お貰い申したが・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
子供の時分に世話になった医師が幾人かあった。それがもうみんなとうの昔に故人になったしまって、それらの記念すべき諸国手の面影も今ではもう朧気な追憶の霧の中に消えかかっている。 小学時代にかかりつけの家庭医は岡村先生という・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・母の親友であるマルシャル国手をジュネヴィエヴは自分を母にしてくれる人として選ぶのである。マルシャルはその申出を拒む。何故ならマルシャルは妻を愛しているから、と。後に、ジュネヴィエヴは母にそのことを話し、はじめて、母がマルシャルに或る期間心を・・・ 宮本百合子 「未開の花」
出典:青空文庫