・・・それは赤い布団にのった一対の狸の土偶だった。僕はこのお狸様にも何か恐怖を感じていた。お狸様を祀ることはどういう因縁によったものか、父や母さえも知らないらしい。しかしいまだに僕の家には薄暗い納戸の隅の棚にお狸様の宮を設け、夜は必ずその宮の前に・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・しかし人によると妙にしゃちこばって土偶か木像のように硬直して動かないのがある。 こういう人はたぶん出世のできない人であろうと思う。 もっとも、こういう人が世の中に一人もなくなってしまったら、世の中にけんかというものもなくなり、国と国・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・これからさき生かして置いてくれるなら、己は決して他の人間を物の言えぬ着物のように、または土偶か何かのように扱いはせぬ。どんな詰まらぬ喜でも、どんな詰らぬ歎でも、己は真から喜んで真から歎いて見る積りだ。人生の柱になっている誠というものもこれか・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・感情的な自分もそうであった。土偶のように感興の固定した先生の群の中で、彼の先生だけが生きた先生に思った。愛すべき青年の先生は私の前で英雄と神との境へまで挙げられたのである。その伝説的に高貴であった先生が、私の今日まで育って来た個性の傾向を知・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・何と、これらの若い顔々は、木彫りか土偶かのような、単純に目、鼻、口と切りあけたというようなマスクをしているのだろう。顔だちとしては、一人一人が別の自分の顔立ちをもってはいるけれども、奇妙な無表情の鈍重さが、どの顔にも瀰漫している。医大の制帽・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・わが国でそういう原始芸術に当たるものは、縄文土器やその時代の土偶などであって、そこには原始芸術としての不思議な力強さ、巧妙さ、熟練などが認められ、怪奇ではあっても決して稚拙ではない。それは非常に永い期間に成熟して来た一つの様式を示しているの・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫