・・・大まかに掻捜して、御飯、お香こう、お茶の土瓶まで……目刺を串ごと。旧の盆過ぎで、苧殻がまだ沢山あるのを、へし折って、まあ、戸を開放しのまま、敷居際、燃しつけて焼くんだもの、呆れました。(門火なんのと、呑気なもので、(酒だと燗だが、こいつは死・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・髪の薄い天窓を真俯向けにして、土瓶やら、茶碗やら、解かけた風呂敷包、混雑に職員のが散ばったが、その控えた前だけ整然として、硯箱を右手へ引附け、一冊覚書らしいのを熟と視めていたのが、抜上った額の広い、鼻のすっと隆い、髯の無い、頤の細い、眉のく・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・……焚つけを入れて、炭を継いで、土瓶を掛けて、茶盆を並べて、それから、扇子ではたはたと焜炉の火口を煽ぎはじめた。「あれに沢山ございます、あの、茂りました処に。」「滝でも落ちそうな崖です――こんな町中に、あろうとは思われません。御閑静・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・立ち上って、両手に膳と土瓶とを持ち、「あとでいらっしゃい」と言って二階の段を降りて行った。下では、「きイちゃん、御飯」と、呼びに来たお君の声がきこえた。 九 その日の午後、井筒屋へ電報が来た。吉弥の母からの電報で・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ そしてそんな物々しい駄目をおしながらその女の話した薬というのは、素焼の土瓶へ鼠の仔を捕って来て入れてそれを黒焼きにしたもので、それをいくらか宛かごく少ない分量を飲んでいると、「一匹食わんうちに」癒るというのであった。そしてその「一匹食・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・フキン一枚。土瓶。湯呑茶碗一個。 黒い漆塗の便器。洗面器。清水桶。排水桶。ヒシャク一個。 縁のない畳一枚。玩具のような足の低い蚊帳。 それに番号の片と針と糸を渡されたので、俺は着物の襟にそれを縫いつけた。そして、こっそり小さい円・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 台所の土間の板縁の下に大きな素焼きの土瓶のようなものが置いてあった。ふたをあけて見ると腐ったような水の底に鉄釘の曲がったのや折れたのやそのほかいろいろの鉄くずがいっぱいはいっていて、それが、水酸化鉄であろうか、ふわふわした黄赤色の泥の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・わたくしはその魚を押えて学生の立っている桟橋へ舟をつけたので、すっかり心安くなり、その後われわれが弁当なぞ食べているのを見たりすると、土瓶に暖い茶を入れて持って来てくれるようなこともあった。 月日は過ぎて行く。いつかわれわれは舟遊びにも・・・ 永井荷風 「向島」
・・・十返舎一九の『膝栗毛』も篇を重ねて行くに従い、滑稽の趣向も人まちがいや、夜這いが多くなり、遂に土瓶の中に垂れ流した小便を出がらしの茶とまちがえて飲むような事になる。戦後の演芸が下がかってくるのも是非がない。 浅草の劇場では以上述べたよう・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・しかもその臍の上に一つずつ土瓶が掛けてあってそれが皆茶をわかして居ると思うといよいよ可笑しい。臍があってその上に蜘がぶら下って居るというのは分るかい。へそくも今夜は来るであろサ。おそくも今夜はのしゃれだよ。そんな奴ならいくらもあるよ。笊の中・・・ 正岡子規 「煩悶」
出典:青空文庫