・・・ 君も知っている通り、千枝子の夫は欧洲戦役中、地中海方面へ派遣された「A――」の乗組将校だった。あいつはその留守の間、僕の所へ来ていたのだが、いよいよ戦争も片がつくと云う頃から、急に神経衰弱がひどくなり出したのだ。その主な原因は、今・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
一 これは、二千年も、もっとまえに、希臘が地中海ですっかり幅を利かせていた時代のお話です。 そのころ、希臘人は、今のイタリヤのシシリイ島へ入り込んで、その東の海岸にシラキュースという町をつくっていま・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・レセップの像を左に見て地中海へ乗り出して行った。レセップは右手を運河のほうへ延ばして「おはいり」と言っているように見える。運河会社の円頂塔は朝日に輝いていた。 地中海は雲一つ見えなかった。もういよいよアジアとは縁が切れたのだと思う。……・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・アメリカの曠野に立つ樫フランスの街道に並ぶ白楊樹地中海の岸辺に見られる橄欖の樹が、それぞれの姿によってそれぞれの国土に特種の風景美を与えているように、これは世界の人が広重の名所絵においてのみ見知っている常磐木の松である。 自分は三門前と・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・肩と腰の濶い地中海の type とも違う。腰ばかり濶くて、肩の狭い北ヨオロッパのチイプとも違う。強さの美ですね。」 森鴎外 「花子」
出典:青空文庫