・・・心斎橋筋の雑閙のなかでひともあろうに許嫁に小銭を借りるなんて、これが私の夫になる人のすることなのか、と地団駄踏みながら家に帰り、破約するのは今だと家の人にそのことを話したが、父は、へえ? 軽部君がねえ、そんなことをやったかねえ、こいつは愉快・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・竹のステッキで、海浜の雑草を薙ぎ払い薙ぎ払い、いちどもあとを振りかえらず、一歩、一歩、地団駄踏むような荒んだ歩きかたで、とにかく海岸伝いに町の方へ、まっすぐに歩いた。私は町で何をしていたろう。ただ意味もなく、活動小屋の絵看板見あげたり、呉服・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・とその報告書にしるしてありますくらいで、地団駄踏んでくやしがった様が、その一句に依っても十分に察知できるのであります。その山椒魚は、その後どうなったか、私も実は、それほどの大きい山椒魚を一匹欲しいものだと思っているのでありますが、どうも、い・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ことにも、それが芸術家の場合、黒煙濛々の地団駄踏むばかりの焦躁でなければなりません。芸術家というものは、例外なしに生れつきの好色人であるのでありますから、その渇望も極度のものがあるのではないかと、笑いごとでは無しに考えられるのであります。殊・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・なんのわけだか、わからない。地団駄踏むほど無念なのです。あの人が若いなら、私だって若い。私は才能ある、家も畠もある立派な青年です。それでも私は、あの人のために私の特権全部を捨てて来たのです。だまされた。あの人は、嘘つきだ。旦那さま。あの人は・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・怒りも、悲しみも、地団駄踏んだ残念な思いも。私は、嘘を書かなかった。けれども、私は、此頃ちっとも書けなくなりました。おわかりでしょうか。無学であるという事が、だんだん致命傷のように思われて来ました。私には手軽に、歴史小説も書けません。作品の・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・と、地団駄踏んで、その遺言書に記してあったようだが、私も、いまは、その痛切な嘆きには一も二も無く共鳴したい。たかが熊本君ごときに、酒を飲む人の話は、信用できませんからね、と憫笑を以て言われても、私には、すぐに撥ね返す言葉が無い。冷水摩擦を毎・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・私のこんな情ない有様を、母や兄が見たなら、どんなに残念がることか、地団駄踏んで口惜しがることだろう、としきりに悲しく思っても、もはや私は、意志のブレーキを失っている。ただ、酒ばかり呑むのである。私の態度は、稚拙であった。三十一にもなって、少・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ メロスは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。 竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。メロスは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ かなわない気持であった。もう、これで自分も、申しぶんの無い醜態の男になった。一点の清潔も無い。どろどろ油ぎって、濁って、ぶざまで、ああ、もう私は、永遠にウェルテルではない! 地団駄を踏む思いである。行為に対しての自責では無かった。運がわる・・・ 太宰治 「八十八夜」
出典:青空文庫