・・・或る時尋ねると、極細い真書きで精々と写し物をしているので、何を写しているかと訊くと、その頃地学雑誌に連掲中の「鉱物字彙」であった。ソンナものを写すのは馬鹿馬鹿しい、近日丸善から出版されるというと、そうか、イイ事を聞いた、無駄骨折をせずとも済・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・この池の地学的の意味についても、構内のボーリングの結果などを総合して考えてみたら、あるいは何事かわかりはしまいか。こんな空想を描いてみる事もできる。 文科の某教授がとった、池を中心とした写真が、何枚か今のバラック御殿のびかんにかかっ・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・要塞というものは必ず景勝の地であり、また必ず地学的に最も興味ある地点になっているのは面白い事実であろう。大神宮のすぐ下にソビエト領事館がある。これも面白い事実である。門の鉄扉の外側に子守が二、三人立って門内の露人の幼児と何か言葉のやりとりを・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・その団長は、地学博士でした。大祭に参加後、すぐ六人ともカナダの北境を探険するという話でした。私たちは、船を下りると、すぐ旅装を調えて、ヒルテイの村に出発したのであります。実は私は日本から出ました際には、ニュウファウンドランドへさえ着いたら、・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・それから彼得堡の大学に這入って、地学を研究した。自分でも学術上に価値のある事業は、三十歳の時に刊行した亜細亜地図だと云っている。Jura へ行ったのも、英国で地学上の用務を嘱托せられて行ったのだ。亜米利加のタッカアなんぞはプルウドンの翻訳を・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫