・・・殊に頸が細かったの、腹が脹れていたのと云うのは、地獄変の画からでも思いついたのでしょう。つまり鬼界が島と云う所から、餓鬼の形容を使ったのです。なるほどその時の俊寛様は、髪も延びて御出でになれば、色も日に焼けていらっしゃいましたが、そのほかは・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・それから「地獄変」の主人公、――良秀と云う画師の運命だった。それから……僕は巻煙草をふかしながら、こう云う記憶から逃れる為にこのカッフェの中を眺めまわした。僕のここへ避難したのは五分もたたない前のことだった。しかしこのカッフェは短時間の間に・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・椿岳は常から弱輩のくせに通人顔する楢屋が気に入らなかった乎、あるいは羽織の胴裏というのが癪に触った乎して、例の泥絵具で一気呵成に地獄変相の図を描いた。頗る見事な出来だったので楢屋の主人も大に喜んで、早速この画を胴裏として羽織を仕立てて着ると・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・これも地獄変相絵巻の一場面である。それと没交渉に秋晴の太陽はほがらかに店先の街路に照り付けていた。この年になって、こんな処へ来て、こんな光景を初めて目撃しようとは夢にも想わないことであった。旅はすべきものである。 五稜郭行というバスを見・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ 五 地獄変相図の世界国ノアの洪水、ソファの下から這出した蜘蛛蟹のお化け。熱つや苦しや、通風の悪い残暑の人いきれ。観音様が流行らないなら、モガの一人も張り飛ばして、食堂でアイスカフェーの食券一枚。 ・・・ 寺田寅彦 「二科狂想行進曲」
・・・十字架の基督や矢を受けた聖セバスチアンもそうであるし、また地獄変相図やそれに似た耶蘇教の地獄図、聖アントニオの誘惑の絵の中にも同じようなものが往々見出される。こういう一致は偶然のことではなくて深い奥の方に隠れた人間の本性に根を引いていること・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・「鼻」という歴史的な題材による作品であった。「羅生門」「地獄変」「戯作三昧」その他、芥川龍之介の作品には歴史的な人物を主人公としたり、古い物語のなかに描かれている人物をかりた作品が多い。 大体、大正初頭、鴎外が歴史小説に手を染めはじめた・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ p.16 伸子がペダンティシズムを感じているところに 筆者は芥川の智識に対するドン欲さを社会的生存的なものとして見ている、 p.19「地獄変」「野蛮な芸術的法悦に云々」――伸子は野バンナという形容詞にはっとした・・・ 宮本百合子 「「敗北の文学」について」
出典:青空文庫