・・・せめて柔かく身でも屈めてやりたいが、後に引続いた地盤は厚く広大で、動きもとれない。「ようお! よう!」 オイオイ泣く児を挾んで、崖は、冷たく、堅く立って居るように見えた。 ○ 金は、無くなると其量だけ・・・ 宮本百合子 「傾く日」
・・・その当時、主として『新思潮』の同人たちが、歴史的題材の小説に赴いたことの心理的要因には第一次欧州大戦につれて擡頭した新しい社会と文学の動きに対して、従来の文学的地盤に立つ教養で育った新進作家たちが、一面の進歩性と他面の保守によって、題材を過・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・そのことも当時の能動精神の性質と同じ地盤に立つにとどまったのである。 日本浪曼派の提唱につづいて、純粋小説論が、人々の耳目にのぼった。これは、横光利一氏の発言として現れた。横光氏は、日本の近代小説の発達に昔の物語の伝統と日記、随筆の伝統・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・文学そのものが客観的現実に対する眼光の確かな洞察力を失い、創造力の豊かな社会的地盤を失った時、よりイージーで小規模な人生と芸術への主観的角度をもつ随筆の流行を見るのであるから、この意味で科学者の無方向な随筆活動への参加は二重の力で文化を下り・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・勤労者のいろいろな才能ののばされてゆくモメントも、資本主義社会の偶然性よりはひろい確かな公共的地盤をもっています。独占資本の独裁、商業主義の独裁のもとにおける文化の悲しむべき境遇について、ロマン・ロランが闘ったように、アインシュタインが闘い・・・ 宮本百合子 「質問へのお答え」
・・・そこに共通な社会的地盤の上に立つ男女の純潔さがあり愛情の純潔さえも一層強固に保たれてゆく可能があると思う。 愛するものがあってもなくても、人間一人として、一人の女として、また一人の男として、どういう生き方をつらぬきたいと願っているか。そ・・・ 宮本百合子 「社会生活の純潔性」
・・・文学の生れる広い、深い歴史的な地盤としてあったから、大衆の中からの文学的萌芽というものは実に盛んに芽生えた。今日も、文学作品は非常な売行きを見せているが、そこでの大衆は購買力を持ったものという意味で客観的には現れているに過ぎない。自身の文学・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・台町の方から坂の上までは人力車が通うが、左側に近頃刈り込んだ事のなさそうな生垣を見て右側に広い邸跡を大きい松が一本我物顔に占めている赤土の地盤を見ながら、ここからが坂だと思う辺まで来ると、突然勾配の強い、狭い、曲りくねった小道になる。人力車・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・もとより体験の告白を地盤としない製作は無意義であるが、しかし告白は直ちに製作ではない。告白として露骨であることが製作の高い価値を定めると思ってはいけない。けれどもまた告白が不純である所には芸術の真実は栄えない。私の苦しむのは真に嘘をまじえな・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・私の内の Aesthet はそこにきわめて好都合な成長の地盤を見いだしたのである。私の Aesthet は Sollen を肩からはずして、地に投げつけて、朗らかに哄笑した。私は手先が自由になったことを感じた。一夜の内に世界は形を変えた。新・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫