・・・みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困るとの若連中の勧告もありて、何はなくとも地酒一杯飲めるようにせしはツイ近ごろの事・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・一升徳利をぶらさげて先生、憚りながら地酒では御座らぬ、お露の酌で飲んでみさっせと縁先へ置いて去く老人もある。 ああ気楽だ、自由だ。母もいらぬ、妹もいらぬ、妻子もいらぬ。慾もなければ得もない。それでいてお露が無暗に可愛のは不思議じゃないか・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・が、家の中には、温かい囲炉裏、ふかしたての芋、家族の愛情、骨を惜まない心づかいなどがある。地酒がある。彼は、そういうものを思い浮べた。――俺だって誰れも省みて呉れん孤児じゃないんだ! それを、どうしてこんな冷たいシベリアへやって来たんだ! ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・風呂を振舞われ、地酒によって四斗俵を四俵運べた若い時の力を自慢したりした。祖母は七十より四つ五つ上になった自分の年を数えていろいろの事に出会った思い出を話し、「もう私の様になってからはもうだめだ。と云いながら、まだ肩や腰が痛・・・ 宮本百合子 「農村」
松林、鎧戸を閉したヴィラの間を通って Hotel Hajek の庭 日覆の下の卓で昼餐。地酒の冷した白葡萄酒、鮎に似た魚、野鴨の雛、美味いライス、プディングをたべた。 小さい門、リラの茂、薄黄色模様の絹の布団、ジャケツ・・・ 宮本百合子 「無題(八)」
出典:青空文庫