・・・それ以来、彼等の祖先は、坑夫になった。――井村は、それをきいていた。子も、孫も、その孫も、幾年代か鉱毒に肉体を侵蝕されてきた。荒っぽい、活気のある男が、いつか、蒼白に坑夫病た。そして、くたばった。 三代目の横井何太郎が、M――鉱業株式会・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・そのとき、ちょうど近くに居合せた見知らぬ坑夫が、黙ってどんどん崖によじ登っていって、そしてまたたく中に、いっぱい、両手で抱え切れないほど、百合の花を折って来て呉れた。そうして、少しも笑わずに、それをみんな私に持たせた。それこそ、いっぱい、い・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・それは炭坑の底に働いている坑夫に、天気が晴れているのか暴れているのかが分らないのと同様である。それで扇の動き方でその日の暑さを知ったというのは、雁行の乱るるを見て伏兵を知った名将と同等以上であるのかもしれない。しかしおそらくこれはすべての役・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・おまけに所々に蒸気機関があり、そのスチームパイプが何本も通っているのである。坑夫等はもちろん裸体で汗にぬれた膚にカンテラの光を無気味に反映していた。坑内では時々人殺しがある。しかし下手人は決して分らない。こんな話を聞かされたりして威されてい・・・ 寺田寅彦 「夏」
発電所の掘鑿は進んだ。今はもう水面下五十尺に及んだ。 三台のポムプは、昼夜間断なくモーターを焼く程働き続けていた。 掘鑿の坑夫は、今や昼夜兼行であった。 午前五時、午前九時、正午十二時、午後三時、午後六時には取・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・一郎はまるで坑夫のようにゆっくり大股にやってきて、みんなを見て「何した」とききました。みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指しました。一郎はしばらくそっちを見ていましたがやがて鞄をしっかりかかえてさっさと窓の下へ行きまし・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ すると向こうの淵の岸では、下流の坑夫をしていた庄助が、しばらくあちこち見まわしてから、いきなりあぐらをかいて砂利の上へすわってしまいました。それからゆっくり腰からたばこ入れをとって、きせるをくわえてぱくぱく煙をふきだしました。奇体だと・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 常識で考えても、常に強い光りを眼に感じているガラス工、金属工などと、永年にわたって光線の不足な中に働いている炭坑夫などとの間には、同じ色彩に対してもそれぞれ異なった反応を示すであろうと思われる。又朝から夕方まで人工光線で生活するデパー・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・しかし、それはイギリスという国情、キリスト教の伝統、及ヨーロッパ戦争という諸条件の後に炭坑夫の息子ローレンスを生んだのであって、日本の自由主義と民主主義とを知らず、又一方に於てキリスト教の女性崇拝の伝統をも持たない社会の現実の中では、生活的・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・「英国人の着実な商魂が実際においてどれだけの働きをしているかと云うことは、炭坑夫安寧協会の仕事を見ても分る。炭坑主が一頓について一ペンスだけ出して独立な大きいビジネスをやってるんだ。」 しかし、その同じ着実な商魂が考え出した英国炭坑・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫