・・・鉢植えの椰子も葉を垂らしている。――と云うと多少気が利いていますが、家賃は案外安いのですよ。 主筆 そう云う説明は入らないでしょう。少くとも小説の本文には。 保吉 いや、必要ですよ。若い外交官の月給などは高の知れたものですからね。・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・が、藤井はいつのまにか、円卓に首を垂らしたなり、気楽そうにぐっすり眠こんでいた。 芥川竜之介 「一夕話」
・・・するとそこに洋食屋が一軒、片側を照らした月明りに白い暖簾を垂らしていた。この店の噂は保吉さえも何度か聞かされた事があった。「はいろうか?」「はいっても好いな。」――そんな事を云い合う内に、我々はもう風中を先に、狭い店の中へなだれこんでいた。・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・と称える念珠も手頸を一巻き巻いた後、かすかに青珠を垂らしている。 堂内は勿論ひっそりしている。神父はいつまでも身動きをしない。 そこへ日本人の女が一人、静かに堂内へはいって来た。紋を染めた古帷子に何か黒い帯をしめた、武家の女房らしい・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・それが金持ちになったら汗水垂らして畑をするものなどは一人もいなくなるだろう」「それにしてもあれはあんまりひどすぎます」「お前は百歩をもって五十歩を笑っとるんだ」「しかし北海道にだって小作人に対してずっといい分割りを与えているとこ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・目から蝋燭の涙を垂らして、鼻へ伝わらせて、口へ垂らすと、せいせい肩で呼吸をする内に、ぶるぶると五体を震わす、と思うとね、横倒れになったんだ。さあ、七顛八倒、で沼みたいな六畳どろどろの部屋を転摺り廻る……炎が搦んで、青蜥蜴ののたうつようだ。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・扁平く、薄く、しかも大ぶりな耳へ垂らして、環珠数を掛けた、鼻の長い、頤のこけた、小鼻と目が窪んで、飛出した形の八の字眉。大きな口の下唇を反らして、かッくりと抜衣紋。長々と力なげに手を伸ばして、かじかんだ膝を抱えていたのが、フト思出した途端に・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・良人沼南と同伴でない時はイツデモ小間使をお伴につれていたが、その頃流行した前髪を切って前額に垂らした束髪で、嬌態を作って桃色の小さいハンケチを揮り揮り香水の香いを四辺に薫じていた。知らないものは芸者でもなし、娘さんでもなし、官員さんの奥様ら・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・だったのを、父が受けだした、というより浜子の方で打ちこんで入れ揚げたあげく、旦那にあいそづかしをされたその足で押しかけ女房に来たのが四年前で、男の子も生れて、その時三つ、新次というその子は青ばなを二筋垂らして、びっくりしたような団栗眼は父親・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・あ、間違って入ったのかと、私はあわてて扉の外へ出ると、その隣の赤い灯が映っている硝子扉を押した途端、白地に黒いカルタの模様のついた薩摩上布に銀鼠色の無地の帯を緊め、濡れたような髪の毛を肩まで垂らして、酒にほてった胸をひろげて扇風機に立ってい・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫