・・・大衆の生活に入りこんでいる最低の文化水準としての講談本、或は作者の好む色どりと夥しい架空的な偶然と客観的でない社会性とによって、忠実の一面を抹殺され勝な大衆髷物小説から、読者にただそれが歴史上の事実であるばかりでなく、社会的現実の錯綜の観か・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・内の地内に住んで居るから、もうすこしで椽側につこうとした時急に敵が人の足をつついた。私はたまらなくなって「にわとり――」と叫んで草履のまま椽に飛び上った。茶の間で新聞をよんでいらっしゃったお祖母様はおどろいてとんで来て下さった。私が草履のま・・・ 宮本百合子 「三年前」
○床の間の上の長押に功七級金鵄勲章の金額のところはかくれるような工合に折った書類が 茶色の小さい木の椽に入ってかかっている、針金で。○大きい木の椽に、勲八等の青色桐葉章を与う証が入っている。「三万五千五百八十四号ヲ以・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・この戸からすぐ庭へ出ると、庭は芝生で、薔薇の植込みがあり、ここの石の腰架のところでは小噴水が眺められる、夏なんぞ涼しいよ。今度は家の内から出て、まるで庭を歩いているように具象的に話しました。こういう晩は父の機嫌は元より上々です。従って私も父・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・更紗模様の紙をはった壁に、二つ並んで錆た金椽の飾装品が懸って居る。其こそ我々を興がらせた。遠見に淡く海辺風景を油絵で描き、前に小さい貝殼、珊瑚のきれはし、海草の枝などとり集めて配合した上を、厚く膨んだ硝子で蓋したものだ。薄暗い部屋だから、眼・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・自分が椽近く座っている、その位置の知覚が妙に錯倒する心持がした。金色夜叉の技巧的美文が出来ざるを得ない自然だ。――都会人の観賞し易い傾向の勝景――憎まれ口を云えば、幾らか新派劇的趣味を帯びた美観だ。小太郎ケ淵附近の楓の新緑を透かし輝いていた・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・ 光君は椽に坐って肩まで髪をたれた童達が着物のよごれるのを忘れてこまかい雨の中を散った花びらをひろっては並べならべてはひろって細い絹の五色の糸でこれをつないで環をつくって首にかけたり、かざして見たりして居るのを何も彼も忘れたように見とれ・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 私は椽がわからつきおとされたような気持でだまってしわの多くなった私の母のかおを見つめて居た。母は又、「そんなこわいかおをして。ほんとにこまってしまう妙な子で」又妙な子と云った。 私は又娘にでも人の母にでも妻としての・・・ 宮本百合子 「妙な子」
・・・ラジオの柱から繩をつけて椽の下の箱へ寝られるように繋いで自分も眠った。 次の朝、日曜日であったが、起きると犬は居ぬ。犬は、裏の家へ来る人の犬であったのだそうだ。男の児が今朝、樫の木の彼方から、「や、ポチがいらあ」と叫んで、連・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・石を二行に積みて、其間の土を掘りて竈とし、その上に桁の如く薪を架し、これを棺を載するところとす。棺は桶を用いず、大抵箱形なり。さて棺のまわりに糠粃を盛りたる俵六つ或は八つを竪に立掛け、火を焚付く。俵の数は屍の大小により殊なるなり。初薪のみに・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫