・・・静かにステッキを垂直に取直しておいて、そろそろ回転させてみた。はじめはいっこうに気づかないようであるが九十度以上も回転すると何かしら異常を感じるらしく、つかまっている足を動かしてからだをねじ向ける。しかしそれはわずかに十度か二十度ぐらい回転・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・重力分布や垂直線偏差から推測さるるイソスタシーの状態、地殻潮汐や地震伝播の状況から推定さるる弾性分布などがわずかにやや信ずべき条項を与えているに過ぎない。かくのごとく直接観測し得らるべき与件の僅少な問題にたいしては種々の学説や仮説が可能であ・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・それの類推的想像と、もう一つは完全流体の速度の場と静電気的な力の場との類似から、例の不謹慎な空想をたくましくして、もしも放電の場合においても電場の方向に垂直なある不安定があれば、それによって、こういう週期性が生じはせぬかと思ったことがあり、・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・一例を挙ぐれば、学者は掌中の球を机上に落す時これが垂直に落下すべしと予言す。しかるに偶然窓より強き風が吹き込みて球が横に外れたりとせよ。俗人の眼より見ればこの予言は外れたりと云う外なかるべし。しかし学者は初め不言裡に「かくのごとき風なき時は・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ 青白い刃が垂直に平行して密生した芝の針葉の影に動くたびにザックザックと気持ちのいい音と手ごたえがした。葉は根もとを切られてもやはり隣どうしもたれ合って密生したままに直立している。その底をくぐって進んで行く鋏の律動につれてムクムクと動い・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・それは、太陽や月の直径の視角が約半度であること、それから腕をいっぱいに前方へ伸ばして指を直角に曲げ視線に垂直にすると、指一本の幅が視角にして約二度であるということであった。それでこの親譲りの簡易測角器械さえあれば、距離のわかったものの大きさ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 火鉢のそばに寝ていた猫が起きあがって一度垂直に伸び上がってぶるぶると身振いをする。それから前脚を一本ずつずっと前へ伸ばして頭を低く仰向いて大きな欠伸をして、尻尾をSの字に曲げてから全身を前脚の方へ移動しのめらせてそうして後脚を後方への・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・枝に取り付いている上端は眼に見えないほど小さい糸になっているので、風の吹く度に簑はさまざまに複雑な振子運動をし、また垂直な軸のまわりに廻転もしていた。今にも落ちそうに見えるが実はなかなかしっかりしているのであった。簑虫自身は眠っているのか、・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ともかくも気温や風の特異な垂直分布による音響の異常伝播と関係のある怪異であろうと想像される。今では遠い停車場の機関車の出し入れの音が時として非常に間近く聞こえるといったような現象と姿を変えて注意されるようになった。たぬきもだいぶ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・不思議なことには、ほとんど風というほどの風もない、というのは落ちる葉の流れがほとんど垂直に近く落下して樹枝の間をくぐりくぐり脚下に落ちかかっていることで明白であった。なんだか少し物すごいような気持ちがした。何かしら目に見えぬ怪物が木々を揺さ・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
出典:青空文庫