・・・太十の目には田の畔から垣根から庭からそうして柿の木にまで挂けらえた其稲の収穫を見るより瞽女の姿が幾ら嬉しいか知れないのである。瞽女といえば大抵盲目である。手引といって一人位は目明きも交る。彼らは手引を先に立てて村から村へ田甫を越える。げた裾・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・「それから垣根の朝顔が、茶色に枯れて、引っ張るとがらがら鳴る時分、白い靄が一面に降りて、町の外れの瓦斯灯に灯がちらちらすると思うとまた鉦が鳴る。かんかん竹の奥で冴えて鳴る。それから門前の豆腐屋がこの鉦を合図に、腰障子をはめる」「門前・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ その石をそばへ取り除けると、彼は垣根の生け垣の間から、鍬と鋸とを取り出した。 鍬は音を立てないように、しかしめまぐるしく、まだ固まり切らない墓土を撥ね返した。 安岡の空な眼はこれを見ていた。彼はいつの間にか陸から切り離された、・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・このいちごの事がいつまでも忘れられぬので余は東京の寓居に帰って来て後、庭の垣根に西洋いちごを植えて楽んでいた。○桑の実を食いし事 信州の旅行は蚕時であったので道々の桑畑はいずこも茂っていた。木曾へ這入ると山と川との間の狭い地面が皆桑畑で・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ぼるゝ卓の上玉人の座右に開く椿かな梨の花月に書読む女あり閉帳の錦垂れたり春の夕折釘に烏帽子掛けたり春の宿 ある人に句を乞はれて返歌なき青女房よ春の暮 琴心挑美人妹が垣根三味線草の花咲きぬ いずれの・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・そして晩まで垣根を結って手伝った。あしたはやすみだ。四月三日 今日はいい付けられて一日古い桑の根掘りをしたので大へんつかれた。四月四日、上田君と高橋君は今日も学校へ来なかった。上田君は師範学校の試験を受けたそ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・うちの垣根は表も裏もからたちの生垣で、季節が来ると青い新芽がふき、白い花もついた。 裏通りは藤堂さんの森をめぐって、細い通が通っており、その道を歩けばからたちの生垣越しに、畑のずいきや莓がよく見えた。だから莓の季節には、からたちの枝を押・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・その中にも百姓の強壮な肺の臓から発する哄然たる笑声がおりおり高く起こるかと思うとおりおりまた、とある家の垣根に固く繋いである牝牛の長く呼ばわる声が別段に高く聞こえる。廐の臭いや牛乳の臭いや、枯れ草の臭い、及び汗の臭いが相和して、百姓に特有な・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・血、血に染みた姿があらわれて来る。垣根に吹き込む山おろし、それも三郎たちの声に聞える。ボーン悩と鳴る遠寺の鐘、それも無常の兆かと思われる。 人に見られて、物思いに沈んでいることを悟られまいと思って、それから忍藻は手近にある古今集を取って・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・氏はそれを半ばぼかした屋根や廂にも、麦をふるう人物の囲りの微妙な光線にも、前景のしおらしい草花にも、もしくは庭や垣根や重なった屋根などの全体の構図にも、くまなく行きわたらせた。柔らかで細かい、静かで淡い全体の調子も、この動機を力強く生かせて・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫