・・・それは西郷隆盛が、城山の戦では死ななかったと云う事です。」 これを聞くと本間さんは、急に笑いがこみ上げて来た。そこでその笑を紛せるために新しいM・C・Cへ火をつけながら、強いて真面目な声を出して、「そうですか」と調子を合せた。もうその先・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・不幸にして自分は城山の公園に建てられた光栄ある興雲閣に対しては索莫たる嫌悪の情以外になにものも感ずることはできないが、農工銀行をはじめ、二、三の新たなる建築物に対してはむしろその効果において認むべきものが少くないと思っている。 全国の都・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・小川の水上の柳の上を遠く城山の石垣のくずれたのが見える。秋の初めで、空気は十分に澄んでいる、日の光は十分に鮮やかである。画だ! 意味の深い画である。 豊吉の目は涙にあふれて来た。瞬きをしてのみ込んだ時、かれは思わはずその涙をはふり落とし・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・大通いずれもさび、軒端暗く、往来絶え、石多き横町の道は氷れり。城山の麓にて撞く鐘雲に響きて、屋根瓦の苔白きこの町の終より終へともの哀しげなる音の漂う様は魚住まぬ湖水の真中に石一個投げ入れたるごとし。 祭の日などには舞台据えらるべき広辻あ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
一 今より六七年前、私はある地方に英語と数学の教師をしていたことがございます。その町に城山というのがあって、大木暗く茂った山で、あまり高くはないが、はなはだ風景に富んでいましたゆえ、私は散歩がてらいつも・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・ 子供の時分に、郷里の門前を流れる川が城山のふもとで急に曲がったあたりの、流れのよどみに一むらの蒲が生い茂っていた。炎天のもとに煮えるような深い泥を踏み分けては、よくこの蒲の穂を取りに行ったものである。それからというものは、今日までほと・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・そうして河向いの高い塀の曲り角のところの内側に塔のような絞首台の建物の屋根が少し見えて、その上には巨杉に蔽われた城山の真暗なシルエットが銀砂を散らした星空に高く聳えていたのである。 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・を聞いたりするたびに自分は必ずこの南国の城山の茂みの中の昆虫の王国を想いだした。しかし暑いことも無類であった。それは乾燥したさわやかな暑さとちがって水蒸気で飽和された重々しい暑さであった。「いつでもまるで海老をうでたように眼の中まで真赤にな・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・後者は、城山のふもとの橋のたもとに人の腕が真砂のように一面に散布していて、通行人の裾を引き止め足をつかんで歩かせない、これに会うとたいていはその場で死ぬというのである。もちろんもう「中学教育」を受けているそのころのわれわれはだれもそ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・蝶蛾や甲虫類のいちばんたくさんに棲んでいる城山の中をあちこちと長い日を暮らした。二の丸三の丸の草原には珍しい蝶やばったがおびただしい。少し茂みに入ると樹木の幹にさまざまの甲虫が見つかる。玉虫、こがね虫、米つき虫の種類がかずか・・・ 寺田寅彦 「花物語」
出典:青空文庫