・・・B 止めたかと思うとまた作る。執念深いところが有るよ。やっぱり君は一生歌を作るだろうな。A どうだか。B 歌も可いね。こないだ友人とこへ行ったら、やっぱり歌を作るとか読むとかいう姉さんがいてね。君の事を話してやったら、「あの歌人・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・一体お増はごく人のよい親切な女で、僕と民子が目の前で仲好い風をすると、嫉妬心を起すけれど、もとより執念深い性でないから、民子が一人になれば民子と仲が好く、僕が一人になれば僕を大騒ぎするのである。 それからなおお増は、僕が居ない跡で民子が・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「なんでも執念深い皇子だといいますから、お姫さまは、早くこの町から立ち去って、あちらの遠い島へお逃げになったほうが、よろしゅうございましょう。あちらの島は、気候もよく、いつでも美しい、薫りの高い花が咲いているということであります。」と、・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・ このような疑惑は思いの外に執念深いものである。「切符切り」でパチンとやるというような、児戯に類した空想も、思い切って行為に移さない限り、われわれのアンニュイのなかに、外観上の年齢を遙かにながく生き延びる。とっくに分別のできた大人が、今・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・僕には、時々自分でもぞっとするほど執念深いところがある。いちど受けた侮辱を、どうしても忘れる事が出来ない。草田の家の、此の度の不幸に同情する気持など少しも起らぬのである。草田氏は僕に、再三、「どうか、よろしく静子に説いてやって下さい」と手紙・・・ 太宰治 「水仙」
・・・カラ それなら私は――執念深い思い出。忘れようとして忘られず、思い起して死んだ者、先った物の為に流す涙、溜息は、男のでもかなり好もしいものです。濛々とした雲は鎮り、微にやけた鉄のような色を反映させながら、依然として雲の柱・・・ 宮本百合子 「対話」
出典:青空文庫