・・・あのいつもの銀行員が来て月謝を取扱う小さな窓のほうでも、上原君や岩佐君やその他の卒業生諸君が、執筆の労をとってくださった。そうしてこっちも、かれこれ同じ時刻に窓を閉じた。僕たちの帰った時には、あたりがもう薄暗かった。二階の窓からは、淡い火影・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・空襲がはげしくなって雑誌が出なくなっても、彼は少しも閑にならず、シナリオやラジオドラマや脚本の執筆に追われて、忙しい想いをしていた。 そんなにまで、いろいろと仕事に手を出すのは、単なる仕事好きとだけ考えられなかった。やはり金ではないかと・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・手引きをした作家の方が呆れてしまう位、寺田は向こう見ずな賭け方をした。執筆者へ渡す謝礼の金まで注ぎ込み、印刷屋への払いも馬券に変り、ノミ屋へ取られて行った。つねに明日の希望があるところが競馬のありがたさだと言っていた作家も、六日目にはもう印・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ Kは毛布を敷いて、空気枕の上に執筆に疲れた頭をやすめているか、でないとひとりでトランプを切って占いごとをしている。「この暑いのに……」 Kは斯う警戒する風もなく、笑顔を見せて迎えて呉れると、彼は初めてほっとした安心した気持にな・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・尚、このたびは、『英雄文学』にいよいよ創作御執筆の由私の今月はじめの御注進、すこしは、お役に立ちましたことと存じ、以後も、ぬからず御報告申上べく、いつも、年がいなく騒ぎたて、私ひとり合点の不文、わけわからずとも、その辺よろしく御判読下さいま・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・甚だ手紙で失礼ですが、ぜひ御承諾下さって御執筆のほど懇願いたします。『秘中の秘』編輯部。」「ははあ、蝙蝠は、あれは、むかし鳥獣合戦の日に、あちこち裏切って、ずいぶん得して、のち、仕組みがばれて、昼日中は、義理がわるくて外出できず、日・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ この問題に関しては述ぶべき事はこれに尽きないが、与えられた紙幅が既に尽きたから、これで擱筆する外はない。執筆の動機はただ我邦学術の健全なる発達に対する熱望の外には何物もない。ただ生来の不文のために我学界に礼を失するがごとき点があるかも・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ 以上執筆中雑誌「文学」の八月特集号「自然の文学」が刊行された。その中には、日本の文学と日本の自然との関係が各方面の諸家によって詳細に論述されている。読者はそれらの有益な所説を参照されたい。またその巻頭に掲載された和辻哲郎氏の「・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・しかしこれは必ずしもこれらの記事を執筆する個々の記者の責めばかりには帰せられない。少なくもある点までは新聞の社会記事というもの自身に本質的に内在する元来無理な要求から来る自然の結果であるかもしれない。その上にかてて加えて往々記者の認識不足が・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・現在のようなジャーナリズム全盛時代ではおそらく大多数のこうした種類の挿画や裏絵は執筆画家の日常の職業意識の下に制作されたものであろうと思うが、あの頃の『ホトトギス』の上記の画家のものはいかにも自分で楽しみながら描いたものだろうという気のする・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
出典:青空文庫