・・・あまりにも暗い刺戟的な作――つまりはその基調となっている現在の生活を棄てなければ、出て行かなければ――それが第一の問題なのだが、ところがどうだ?……ますます深味に落ちて行くばかりではないか? 「蠢くもの」以前、またその後の生活だって、けっし・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・これが文学の基調をなすとき、視野の狭さと、一面性と、必要以上のこじつけのため、著しくその芸術的価値を減殺する。「肉弾」は小説ではない。記録的なものである。日露戦争に弾丸の下に曝された一人の将校によって書かれた。そこには、旅順攻囲戦の戦慄・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・そのうちに、紅と藍色とのまじったものを基調の色素にして瑠璃にも行けば柿色にも薄むらさきにも行き、その極は白にも行くような花の顔がほのかに見えて来る。物数寄な家族のもののあつまりのことで、花の風情を人の姿に見立て、あるものには大音羽屋、あるも・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・父としての私が生活の基調を働くことに置いたのはかなり旧いことであること、それはあの山の上へ行って七年も百姓の中に暮らして見たころからであること、金の利息で楽に暮らそうと考えるようなことは到底自分ら親子の願いでないこと、そういう話までも私は二・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・私のいま夢想する境涯は、フランスのモラリストたちの感覚を基調とし、その倫理の儀表を天皇に置き、我等の生活は自給自足のアナキズム風の桃源である。 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・それに、新しい思潮が横溢して来たその時では、その作の基調がロマンチックでセンチメンタルにかたよりすぎている。『生』『妻』と段々調子が低く甘くなっていっているのに、またこのセンチメンタルな作では、どうもあきたらないというような気がする。また、・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・これがほとんど浮世絵人物画の焦点あるいは基調をなすものである。試みにこれらの絵の頭髪を薄色にしてしまったとしたら絵の全部の印象が消滅するように私には思われる。この基調をなす黒斑に対応するためにいろいろの黒いものが配合されている。たとえば塗下・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・を「モンタージュ画像」の言葉に翻訳しなければならない。この際における創作的過程は映画監督のそれとかなりまで類似した点をもつであろう。道成寺の場合にはまた、初期の映画で常套的に行なわれた「追っ駆け」を基調とする構成の趣があると言われよう。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・現在の怪奇を基調とした漫画は少しねらいがはずれているのではないか。実在の人間に不可能で、しかも人間の可能性の延長であり人間の欲望の夢の中に揺曳するような影像を如実に写し出すというのも一つの芸術ではあるが、そうした漫画は精神的にはわれわれに何・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・薄ぎたないかび臭い場面などはどこにも見られないで、言わば白いエナメルとニッケルの光沢とが全編の基調をなしているようである。どうもこういうのが近ごろのアメリカ映画の一つの定型であるらしい。たとえば「白衣の騎士」などもやはり同じ定型に属するもの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫