伊豆堀越にあった室町幕府の東国支配機関。また、その長である足利政知の称。鎌倉公方足利成氏が幕府に背いて下総 (しもうさ) の古河 (こが) に移ったのち、将軍義政は弟政知を下向させたが鎌倉に入れず、ここにとどまって成氏に対抗した。延徳3年(1491)あとを継いだ子の茶々丸が北条早雲に攻められ滅亡。