・・・が、彼等は三人とも、堆い薪を踏まえたまま、同じように静かな顔をしている。 刑場のまわりにはずっと前から、大勢の見物が取り巻いている。そのまた見物の向うの空には、墓原の松が五六本、天蓋のように枝を張っている。 一切の準備の終った時、役・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
横浜。 日華洋行の主人陳彩は、机に背広の両肘を凭せて、火の消えた葉巻を啣えたまま、今日も堆い商用書類に、繁忙な眼を曝していた。 更紗の窓掛けを垂れた部屋の内には、不相変残暑の寂寞が、息苦しいくらい支配していた。その・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・ その町の端頭と思う、林道の入口の右側の角に当る……人は棲まぬらしい、壊屋の横羽目に、乾草、粗朶が堆い。その上に、惜むべし杉の酒林の落ちて転んだのが見える、傍がすぐ空地の、草の上へ、赤い子供の四人が出て、きちんと並ぶと、緋の法衣の脊高が・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・細い煙が、裏すいて乱るるばかり、墓の落葉は堆い。湿った青苔に蝋燭が刺って、揺れもせず、燐寸でうつした灯がまっ直に白く昇った。 チーン、チーン。――かあかあ――と鴉が鳴く。 やがて、読誦の声を留めて、「お志の御回向はの。」「一・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 碧水金砂、昼の趣とは違って、霊山ヶ崎の突端と小坪の浜でおしまわした遠浅は、暗黒の色を帯び、伊豆の七島も見ゆるという蒼海原は、ささ濁に濁って、果なくおっかぶさったように堆い水面は、おなじ色に空に連って居る。浪打際は綿をば束ねたような白い・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・その先には、台を叩き叩き、大声で人を集めているバナナ屋がいた。堆い、黄色な果物が目立った。右側の店舗から漲り出す強い光線、ぶらぶらと露店の上に揺れ、様々な形と色彩の商品を照している電燈の笠。賑やかで、ごたついた東洋的な夜の光景の中で、この外・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
出典:青空文庫