・・・「――ああ、いかな、かながしらも堪るものではない――」「――ええ、苦々しいやつかな――」「――いり海老のような顔をして、赤目張るの――」「――さてさて憎いやつの――」 相当の役者と見える。声が玄関までよく通って、その間に・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・……勝手な極道とか、遊蕩とかで行留りになった男の、名は体のいい心中だが、死んで行く道連れにされて堪るものではない。――その上、一人身ではないそうだ。――ここへ来る途中で俄盲目の爺さんに逢って、おなじような目の悪い父親があると言って泣いたじゃ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・お蔦 ええ、厭かれて堪るもんですか。早瀬 こっちを向いて、まあ、聞きなよ。他に何も鬱ぐ事はない、この二三日、顔を色を怪まれる、屈託はこの事だ。今も言おう、この時言おう、口へ出そうと思っても、朝、目を覚せば俺より前に、台所でおかかを掻・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・婿をとる側になってみたまえ、こんなことされて堪るもんか」 こう言うのは深田贔屓の連中だ。「そうでないさ、省作だって婿になると決心した時には、おとよの事はあきらめていたにきまってるさ。第一省作が婿になる時にゃ、おとよはまだ清六の所にい・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・毎日新聞社にかつて在籍して猫の目のようにクルクル変る沼南の朝令暮改に散三ッ原苦しまされた或る男は曰く、「沼南の大臣になるなら俺が第一番に反対運動する、国家の政治が沼南のお天気模様で毎日グラグラ変られて堪るもんか、」と。 毎日新聞社が他へ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・たゞお母さんの胸に顔を当てていれば、たとえ死の苦しみが迫って来ても堪ることが出来る。お母さんだけが、いつも自分と共にあることを信ずるし、お母さんだけが、最後まで、自分の味方だと信ずるからです。子供は、お母さんとなら、火の中へでも、水の中へで・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・「へべれけになって暴れられて堪るもんですか、子供たちをどうします」 細君がそう云った。 彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
出典:青空文庫