・・・その時のマドレエヌはどうであったか。栗色の髪の毛がマドンナのような可哀らしい顔を囲んでいる若後家である。その時の場所はどんな所であったか。イソダンの小さい客間である。俗な、見苦しい、古風な座敷で、椅子や長椅子には緋の天鵝絨が張ってある。その・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・写実写実と思うて居るのでこんな平凡な場所を描き出したのであろう。けれども景色が余り広いと写実に遠ざかるから今少し狭く細かく写そうと思うて、月が木葉がくれにちらちらして居る所、即ち作者は森の影を踏んでちらちらする葉隠れの月を右に見ながら、いく・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・土性の方ならただ土をしらべてその場所を地図の上にその色で取っていくだけなのだが地質の方は考えなければいけないしその考えがなかなかうまくあたるのだから。ぼくらは松林の中だの萱の中で何べんもほかの班に出会った。みんなぼくらの地図をのぞきたが・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
一 陽子が見つけて貰った貸間は、ふき子の家から大通りへ出て、三町ばかり離れていた。どこの海浜にでも、そこが少し有名な場所なら必ずつきものの、船頭の古手が別荘番の傍部屋貸をする、その一つであった。 ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・かれは近隣のもの三人と同伴して、道すがら糸くずを拾った場所を示した。そして途中ただその不意の災難を語りつづけた。 その晩はブレオーテの村を駆けまわって、人ごとに一条を話したが、一人もかれを信ずるものにあわなかった。 その夜は終夜、か・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・お場所柄を顧みざるお咎めは甘んじて受ける。乱心などはいたさぬというのである。 権兵衛の答を光尚は聞いて、不快に思った。第一に権兵衛が自分に面当てがましい所行をしたのが不快である。つぎに自分が外記の策を納れて、しなくてもよいことをしたのが・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・この男にこの場所で小さい女中は心安くなって、半日一しょに暮らした。さて午後十一時になっても主人の家には帰らないで、とうとう町なかの公園で夜を明かしてしまった。女中は翌日になって考えてみたが、どうもお上さんに顔を合せることが出来なくなった。そ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・私はその場所にいる自分の段階で、出来うるかぎり最善の努力を払えば良いと思っている。次ぎの日には、次ぎの日の段階が必ずなければ、時間というものは何のためのものでもない。 私は作品を書く場合には、一つ進歩した作品を書けば、必ず一つは前へ戻っ・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・そして一番暗い隅の所へ近寄って来た時、やっと長椅子の空場所があった。そこへがっかりして腰を下した。じっと坐って、遠慮して足を伸ばそうともしないでいる。なんでも自分の腰を据えた右にも左にも人が寝ているらしい。それに障るのが厭なのである。 ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・才能を重んずる現代の社会から、特に才能に富んだ人を集めた特殊の場所からは、あまり偉大な人が生まれて来ないという事実は、いかにも反語らしく私たちの心に響きます。私は才能を誇りながらついに何の仕事をも成し遂げない高慢な人よりも、才能の乏しい謙遜・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫