・・・ ミリヤアドは目を塞ぎぬ。また一しきり、また一しきり、刻むがごとき戸外の風。 予はあわただしく高津を呼びぬ。二人が掌左右より、ミリヤアドの胸おさえたり。また一しきり、また一しきり大空をめぐる風の音。「ミリヤアド。」「ミリヤア・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ こういう話を聞く度に、大塚さんは耳を塞ぎたかった。 おせんのような妻と一緒に住むような日は、最早二度と無かろうか。それを思うと、銀座で逢った人が余計に大塚さんの眼前に彷彿いた。黄ばんだ柳の花を通して見た彼女――仮令一目でもそれが精・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・電線がかたまりこんがらがって道を塞ぎ焼けた電車の骸骨が立往生していた。土蔵もみんな焼け、所々煉瓦塀の残骸が交じっている。焦げた樹木の梢がそのまま真白に灰をかぶっているのもある。明神前の交番と自働電話だけが奇蹟のように焼けずに残っている。松住・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・狭く囲まれた処に這入ったので、蝉の声が耳を塞ぎたい程やかましく聞える。その外には何の物音もない。村じゅうが午休みをしている時刻なのである。 庭の向うに、横に長方形に立ててある藁葺の家が、建具を悉くはずして、開け放ってある。東京近在の百姓・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・どうもこれは塞ぎ切に塞いだものではない。出入口にしているらしい。しかし中に人が這入っているとすると、外から磚が積んであるのが不思議だ。兎に角拳銃が寝床に置いてあったのを、持って来れば好かったと思ったが、好奇心がそれを取りに帰る程の余裕を与え・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫