・・・「好い塩梅ですね。」「今度はおさまったようでございます。」 看護婦と慎太郎とは、親しみのある視線を交換した。「薬がおさまるようになれば、もうしめたものだ。だがちっとは長びくだろうし、床上げの時分は暑かろうな。こいつは一つ赤飯・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「それじゃ帳場さん何分宜しゅう頼むがに、塩梅よう親方の方にもいうてな。広岡さん、それじゃ行くべえかの。何とまあ孩児の痛ましくさかぶぞい。じゃまあおやすみ」 彼れは器用に小腰をかがめて古い手提鞄と帽子とを取上げた。裾をからげて砲兵の古・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・……いえね、いよいよとなれば、私は借着の寸法だけれど、花柳の手拭の切立てのを持っていますから、ずッぷり平右衛門で、一時凌ぎと思いましたが、いい塩梅にころがっていましたよ。大丈夫、ざあざあ洗って洗いぬいた上、もう私が三杯ばかりお毒見が済んでい・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・瞳を返して、壁の黒い、廊下を視め、「可い塩梅に、そっちからは吹通さんな。」「でも、貴方様まるで野原でござります。お児達の歩行いた跡は、平一面の足跡でござりまするが。」「むむ、まるで野原……」 と陰気な顔をして、伸上って透かし・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 何か、いろんな恐しいものが寄って集って苛みますような塩梅、爺にさえ縋って頼めば、またお日様が拝まれようと、自分の口からも気の確な時は申しながら、それは殺されても厭だといいまする。 神でも仏でも、尊い手をお延ばし下すって、早く引上げ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ しかしね、こんな塩梅ならば、まあ結構だと思って、新さん、あなたの処へおたよりをするのにも、段々快い方ですからお案じなさらないように、そういってあげましたっけ。 そうすると、つい先月のはじめにねえ、少しいつもより容子が悪くおなんなす・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ こんな塩梅で、その頃鴎外の処へ出掛けたのは大抵九時から十時、帰るのは早くて一時、随分二時三時の真夜中に帰る事も珍らしくなかった。私ばかりじゃなかった、昼は役所へ出勤する人だったからでもあろうか、鴎外の訪客は大抵夜るで、夜るの千朶山房は・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・絶句する処が頼もしいので、この塩梅ではマダ実業家の脈がある、」と呵然として笑った。 汽車の時間を計って出たにかかわらず、月に浮かれて余りブラブラしていたので、停車場でベルが鳴った。周章てて急坂を駈下りて転がるように停車場に飛込みざま切符・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ ところが、尋常三年生の冬、学校がひけて帰ってくると、新次の泣声が聴えたので、咄嗟に浜子の小言を覚悟して、おそるおそる上ると、いい按配に浜子の姿は見えず、父が長火鉢の前に鉛のように坐って、泣いている新次をぼんやりながめながら、煙草を吹か・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・蝶子の姿を見ると柳吉は「どや、ええ按配に煮えて来よったやろ」長い竹箸で鍋の中を掻き廻しながら言うた。そんな柳吉に蝶子はひそかにそこはかとなき恋しさを感じるのだが、癖で甘ったるい気分は外に出せず、着物の裾をひらいた長襦袢の膝でぺたりと坐るなり・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫