・・・また、師の発明工風中の空中飛行機を――まだ乗ってはいけないとの師の注意に反して――熱心の余り乗り試み、墜落負傷して一生の片輪になったのもある。そして、レオナドその人は国籍もなく一定の住所もなく、きのうは味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ K君はそれを墜落と呼んでいました。もし今度も墜落であったなら、泳ぎのできるK君です。溺れることはなかったはずです。 K君の身体は仆れると共に沖へ運ばれました。感覚はまだ蘇えりません。次の浪が浜辺へ引き摺りあげました。感覚はまだ・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・ざるため自ら三たび船内を捜索したるも、船体漸次に沈没、海水甲板に達せるをもって、やむを得ずボートにおり、本船を離れ敵弾の下を退却せる際、一巨弾中佐の頭部をうち、中佐の体は一片の肉塊を艇内に残して海中に墜落したるものなり――「どうです、聞・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・ 怪談でも話すようですが、実際私は六蔵の帰りのあまりおそいと知ってからは、どうもこの高い石垣の上から六蔵の墜落して死んだように感じたのであります。 あまり空想だと笑われるかも知れませんが、白状しますと、六蔵は鳥のように空をかけ回るつ・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・――鉄橋からの墜落、雪の中の歩哨、爆弾戦、忌々しいメリケン兵などが彼等の前に立ちふさがっているばかりだった。そこで彼等は、再び負傷か、でなければ、黒龍江を渡って橇で林へ運ばれて行く屍の一ツにならなければならないのだ。それは、堪え難かった。彼・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・高い所から深いドン底へ墜落するのは何というつらいことだろう! 荒された土地には依然として雑草が繁茂し、秋には、草は枯れ、そこは灰色に朽ち腐った。一〇 やがて親爺が死んだ。 慶応年間に村で生れた親爺は、一生涯麦飯を食っ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・事実天井は、墜落する前、椀をさかさまにしたように、真中が窪めて掘り上げられていた。 皆は、掘出しにかゝった。坑夫等は、鶴嘴や、シャベルでは、岩石を掘り取ることが出来なかった。で、新しい鑿岩機が持って来られ、ハッパ袋がさげて来られた。・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・企図した人は、すべて無慙に失敗し、少し飛び上りそうになっては墜落し、世人には山師のように言われ、まるでダヴィンチの飛行機の如く嘲笑せられているのです。けれども自分は信じています。真の近代芸術は、いつの日か一群の天才たちに依って必ず立派に創成・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・、祖父が若いとき、女の綱渡り名人が、村にやって来て、三人の女綱渡りすべて、祖父が頬被りとったら、その顔に見とれて、傘かた手に、はっと掛声かけて、また祖父を見おろし、するする渡りかけては、すとんすとんと墜落するので、一座のかしらから苦情が出て・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・裏切られ、ばかにされている事を知った刹那の、あの、つんのめされるような苦い墜落の味を御馳走された気持で、食堂の隅の椅子に、どかりと坐った。私と向い合って、熊本君も坐った。やや後れて少年佐伯が食堂の入口に姿を現したと思うと、いきなり、私のほう・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫