・・・が、あたりを見廻すと、人音も聞えない内陣には、円天井のランプの光が、さっきの通り朦朧と壁画を照らしているばかりだった。オルガンティノは呻き呻き、そろそろ祭壇の後を離れた。あの幻にどんな意味があるか、それは彼にはのみこめなかった。しかしあの幻・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・の差を感ぜざるを得ない。 大作 大作を傑作と混同するものは確かに鑑賞上の物質主義である。大作は手間賃の問題にすぎない。わたしはミケル・アンジェロの「最後の審判」の壁画よりも遥かに六十何歳かのレムブラントの自画像を愛してい・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・堂母の壁画にあるような天国に連れて行ってくれるからいいとそう思った。色々な宗教画がある度に自分の行きたい所は何所だろうと思いながら注意した。その中にクララの心の中には二つの世界が考えられるようになりだした。一つはアッシジの市民が、僧侶をさえ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・マグダレニアンの壁画とシャバンヌの壁画の間の距離はいかに大きくとも、それはただ一筋の道を長くたどって来た旅路の果ての必然の到達点であるとも言われなくはない。ダホメーの音楽とベートーヴェンの第九シンフォニーとの比較でもそうである。 映画に・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それから、何という表題の書物であったか、若い僧侶が古い壁画か何かの裸体画を見て春の目覚めを感じるという場面を非常にリアルな表現をもって話して聞かせた事があった。その時の病子規は私には非常に若々しく水々しい人のように感ぜられた。 私は『仰・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・古びたモザイックや壁画はどうしても今の世のものではなかった。金光燦爛たる祭壇の蝋燭の灯も数世紀前の光であった。壁に沿うて交番小屋のようなものがいくつかあった、その中に隠れた僧侶が、格子越しに訴える信者の懺悔を聞いていた。それはおもに若い女で・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 竪琴の最古のものはテーベの墓の壁画に描かれたものだそうで恐ろしく古いものらしい。アッシリアのものはわずかに極東日本にその遠い子孫を残すに過ぎないと思われていたが、同じようなものが東トルキスタンで発見されたそうである。これははなはだ意味・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・の街の敷石とは、将来如何なる進化の道によって、浴衣に兵児帯をしめた夕凉の人の姿と、唐傘に高足駄を穿いた通行人との調和を取るに至るであろうか。交詢社の広間に行くと、希臘風の人物を描いた「神の森」の壁画の下に、五ツ紋の紳士や替り地のフロックコオ・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・先ず案内の僧侶に導かれるまま、手摺れた古い漆塗りの廻廊を過ぎ、階段を後にして拝殿の堅い畳の上に坐って、正面の奥遥には、金光燦爛たる神壇、近く前方の右と左には金地に唐獅子の壁画、四方の欄間には百種百様の花鳥と波浪の彫刻を望み、金箔の円柱に支え・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・またそのたしかに于大寺の廃趾から発掘された壁画の中の三人なことを知りました。私はしずかにそっちへ進み愕かさないようにごく声低く挨拶しました。「お早う、于大寺の壁画の中の子供さんたち。」 三人一緒にこっちを向きました。その瓔珞のかがや・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
出典:青空文庫