・・・「無用に器物を毀すのは悪いと思うから。――君はなぜしない?」僕答う。「しないのじゃない、出来ないのだ。」 今恒藤は京都帝国大学にシュタムラアとかラスクとかを講じ、僕は東京に文を売る。相見る事一年に一両度のみ。昔一高の校庭なる菩提樹下を逍・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・今度はあれを壊すんだね。歌には一首一首各異った調子がある筈だから、一首一首別なわけ方で何行かに書くことにするんだね。B そうすると歌の前途はなかなか多望なことになるなあ。A 人は歌の形は小さくて不便だというが、おれは小さいから却って・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・「ところが御前で敲き毀すようなものを作ってはなりませぬ、是非とも気の済むようなものを作ってご覧をいただかねばなりませぬ。それが果して成るか成らぬか。そこに脊骨が絞られるような悩みが……」「ト云うと天覧を仰ぐということが無理なことにな・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・新潟のまちは、新開地の感じでありましたが、けれども、ところどころに古い廃屋が、取毀すのも面倒といった工合いに置き残されていて、それを見ると、不思議に文化が感ぜられ、流石に明治初年に栄えた港だということが、私のような鈍感な旅行者にもわかるので・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・それはとにかく、この老人はこの煙管と灰吹のおかげで、ついぞ家族を殴打したこともなく、また他の器物を打毀すこともなく温厚篤実な有徳の紳士として生涯を終ったようである。ところが今の巻煙草では灰皿を叩いても手ごたえが弱く、紙の吸口を噛んでみても歯・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・勿論時々壊すこともあるけれども廻してやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴いてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業に悪口を云っていいとこはちっ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・それを軍馬が壊すので、村民がしなければならない。爺さんまで出て腰の煙草入を振り振りモッコの片棒担いでいる。 附近に陸軍飛行機学校、機関銃隊、騎兵連隊、重砲隊などがある。開墾部落はその間に散在しているのだ。 南京豆と胡麻畑の奥に、小さ・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・自分は、折角の気分を壊すことをおそれ「疲れて居るのよ」と、打ち消した。「――それ丈ならいいがね。――」 自分は、注意深い眼を、眉や口に感じた。「ね、百合ちゃん、斯うしようじゃあないか。此から、何か百合ちゃんの書くもので、・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫