・・・ ある雨の晴れ上った朝、甲板士官だったA中尉はSと云う水兵に上陸を許可した。それは彼の小鼠を一匹、――しかも五体の整った小鼠を一匹とったためだった。人一倍体の逞しいSは珍しい日の光を浴びたまま、幅の狭い舷梯を下って行った。すると仲間の水・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・えらそうにして聨隊の門を出て来る士官はんを見ると、『お前らは何をしておるぞ』と云うてやりとうなる。されば云うて、自分も兵隊はんの抜けがら――世間に借金の申し訳でないことさえ保証がつくなら、今、直ぐにでも、首くくって死んでしまいたい。」「・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・とムックリ起上って、そこそこに顔を洗ってから一緒に家を出で、津の守から坂町を下り、士官学校の前を市谷見附まで、シラシラ明けのマダ大抵な家の雨戸が下りてる中をブラブラと送って来た。八幡の鳥居の傍まで来て別れようとした時、何と思った乎、「イヤ、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・しかるにここに彼らのなかに一人の工兵士官がありました。彼の名をダルガスといいまして、フランス種のデンマーク人でありました。彼の祖先は有名なるユグノー党の一人でありまして、彼らは一六八五年信仰自由のゆえをもって故国フランスを逐われ、あるいは英・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・そりゃ三文渡しの船頭も船乗りなりゃ川蒸気の石炭焚きも船乗りだが、そのかわりまた汽船の船長だって軍艦の士官だってやっぱり船乗りじゃねえか。金さんの話で見りゃなかなか大したものだ、いわば世界中の海を跨にかけた男らしい為事で、端月給を取って上役に・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「――あの蓄音機は、士官学校を出て軍人を職業として選んだというただそれだけのことを、特権として、人間が人間に与え得る最大の侮辱を俺たちに与えながら、神様よりも威張ってやがる。おまけに、勝って威張るのは月並みで面白くないというので負けそう・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・隊前には黒髯を怒らした一士官が逸物に跨って進み行く。残らず橋を渡るや否や、士官は馬上ながら急に後を捻向いて、大声に「駈足イ!」「おおい、待って呉れえ待って呉れえ! お願いだ。助けて呉れえ!」 競立った馬の蹄の音、サーベルの響、が・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・自分は士官室で艦長始め他の士官諸氏と陛下万歳の祝杯を挙げた後、準士官室に回り、ここではわが艦長がまだ船に乗らない以前から海軍軍役に服していますという自慢話を聞かされて、それからホールへまわった。 戦時は艦内の生活万事が平常よりか寛かにし・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・ 栗本が聞き覚えのロシア語で云った。百姓は、道のない急な山を、よじ登った。「撃てッ! 撃てッ! パルチザンを鏖にしてしまうんだ! うてッ! うたんか!」 士官は焦躁にかられだして兵士を呶鳴りつけた。「ハイ、うちます。」 ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・、江見水蔭の「夏服士官」「雪戦」「病死兵」、村井弦斎の「旭日桜」等を取って見るのに、恐ろしくそらぞらしい空想によってこしらえあげられて、読むに堪えない。従軍紀行文的なもの及び、戦地から帰った者の話を聞いて書いたものは、まだやゝましだとしなけ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
出典:青空文庫