・・・タイフウンと闘う帆船よりも、もっと壮烈を極めたものだった。 勇ましい守衛 秋の末か冬の初か、その辺の記憶ははっきりしない。とにかく学校へ通うのにオオヴァ・コオトをひっかける時分だった。午飯のテエブルについた時、ある若・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・三国志』の赤壁をソックリそのままに踏襲したので、里見の天海たる丶大や防禦使の大角まで引っ張り出して幕下でも勤まる端役を振り当てた下ごしらえは大掛りだが、肝腎の合戦は音音が仁田山晋六の船を燔いたのが一番壮烈で、数千の兵船を焼いたというが児供の・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ ――戦死者中福井丸の広瀬中佐および杉野兵曹長の最後はすこぶる壮烈にして、同船の投錨せんとするや、杉野兵曹長は爆発薬を点火するため船艙におりし時、敵の魚形水雷命中したるをもって、ついに戦死せるもののごとく、広瀬中佐は乗員をボートに乗り移・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・二月の事件の日、女の寝巻について語っていたと小説にかかれているけれども、青年将校たちと同じような壮烈なものを、そういう筆者自身へ感じられてならない。それは、うらやましさよりも、いたましさに胸がつまる。僕は、何ごとも、どっちつかずにして来て、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・から異性と一体になろうとあがく特殊なる性的煩悶、などという壮烈な経験は、私には未だかつて無いのである。 私は決して嘘をついているのではない。まあ、おしまいまで読み給え。「もののはずみ」とか「ひょんな事」とかいうのは、非常にいやらしい・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・実に壮烈なものである。私は、若い頑強の肉体を、生れてはじめて、胸の焼け焦げる程うらやましく思った。うなだれて、そのすぐ近くの禅林寺に行ってみる。この寺の裏には、森鴎外の墓がある。どういうわけで、鴎外の墓が、こんな東京府下の三鷹町にあるのか、・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ と橋田氏は引き取り、「とにかく壮烈なものでしたよ。私は見ていたんです。ミソ踏み眉山。吉右衛門の当り芸になりそうです。」「いや、芝居にはなりますまい。おミソの小道具がめんどうです。」 橋田氏は、その日、用事があるとかで、すぐ・・・ 太宰治 「眉山」
・・・ この頃活動写真で色々な空中戦の壮烈な光景を見せられる。空の勇士、選りぬきのエースが手馴れの爆撃機を駆って敵地に向かうときの心持には、どこかしら、亀さんが八かましやの隠居の秘蔵の柿を掠奪に出かけたときの心持の中のある部分に似たものがあり・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・「あの音は壮烈だな」「足の下が、もう揺れているようだ。――おいちょっと、地面へ耳をつけて聞いて見たまえ」「どんなだい」「非常な音だ。たしかに足の下がうなってる」「その割に煙りがこないな」「風のせいだ。北風だから、右へ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・砲兵工厰の煙ですらこうだから真正の heroism に至っては実に壮烈な感じがあるだろうと思います。文芸家のうちではこの種の情緒を理想とするものは現代においてはほとんどないように思います。この理想にも分化があるのは無論です。楠公が湊川で、願・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫