・・・ 折から咳入る声聞ゆ。高津は目くばせして奥にゆきぬ。 ややありて、「じゃ、お逢い遊ばせ、上杉さんですよ、可うござんすか。」 という声しき。「新さん。」 と聞えたれば馳せゆきぬ。と見れば次の室は片付きて、畳に塵なく、床・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・「砲声聞ゆ」という電報が朝の新聞に見え、いよいよ海戦が初まったとか、あるいはこれから初まるとかいう風説が世間を騒がした日の正午少し過ぎ、飄然やって来て、玄関から大きな声で、「とうとうやったよ!」と叫った。「やったか?」と私も奥か・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ただ七字、あやせば笑う声聞ゆ。 足袋の真結び、これをも俳句の材料にせんとは誰か思わん。我この句を見ること熟せり、しかもいかにしてこのことを捉え得たるかは今に怪しまざるを得ず。「歯あらはに」歯にしみ入るつめたさ想いやるべし。用・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫