・・・卵の入った籠を抱えた婆さんや新聞売子が、ドタバタと、大きな第一オペラ舞踊劇場の舞台の右から左へ埃を立てて駈けこむだけ。地で行っている。それで思わず笑う。―― ここでは現在及未来の新鮮なソヴェト社会生活を直感させるようなバレーの技術も欠け・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・気の利いた外国風の束髪で胸高に帯をしめ、彼女のカウンタアの前ではさぞ気位の高い売り子でありそうな娘が、急いで来たので息を弾ませ、子供らしく我知らず口を少しあけて雑踏する電車の窓を見上げるのなどを認めると、私は好意を感じ楽しかった。夕刊売子と・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・夕刊売子と並んで佇み、私は、「さあいそがずに。気をつけて。――いそがずに気をつけて……」と心の中で調子をとって呟くのであった。 人々の押し合う様子は、もう三四十分のうちに、電車も何も無くなると思うようであった。最後の一人をのせ、・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ いい売子だよ!」 番頭が怒った。すると、隣の店からは軟かい、甘ったるい、うっとりさせる口上が流れて来る。「手前共は、羊皮や長靴などの商いではございません。金銀にまさる神様のお恵みを御用立てるのでございます。これには、もう値段はござ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・赤襟巻の夕刊売子がカラーなしの鳥打帽をつかまえて云っている。 ――ペニー足りねえよ! ――うむ……ねえんだ。 ――持ってるって云ってやしねえ。だが、俺にゃペニー不足におっつけて手前あくるみ食ってやがる。ペッ! 白手袋の巡査が・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫