・・・ 渠等の多くは京伝や馬琴や三馬の生活を知っていた。売薬や袋物を売ったり、下駄屋や差配人をして生活を営んでる傍ら小遣取りに小説を書いていたのを知っていた、今日でこそ渠等の名は幕府の御老中より高く聞えてるが其生存中は袋物屋の旦那であった、下・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・田舎だって、もうこうした売薬は、はやらないだろうと思いました。「こうして、歩きなさって、薬が売れますかい。」と、じいさんは、ききました。「偽物が安く買われますので、なかなか売れません。薬ばかりは、病気になって飲んでみなければわからな・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・ ちかごろヴィタミンCやBの売薬を何となく愛用している私は、いもりの黒焼の効能なぞには自然疑いをもつのであるが、けれども仲の悪い夫婦のような場合は、効能が現われるという信念なり期待なりを持っていると、つい相手の何でもない素振りが自分に惚・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ まず、彼は売薬業者の眼のかたきである医者征伐を標榜し、これに全力を傾注した。「眼中仁なき悪徳医師」「誤診と投薬」「薬価二十倍」「医者は病気の伝播者」「車代の不可解」「現代医界の悪風潮」「只眼中金あるのみ」などとこれをちょっと変えれば、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・おしかは早速、富山の売薬を出してきた。 清三の熱は下らなかった。のみならず、ぐん/\上ってきた。腸チブスだったのである。 彼女は息子を隔離病舎へやりたくなかった。そこへ行くともう生きて帰れないものゝように思われるからだった。再三医者・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ 商品の新聞広告で最も広大な面積を占有するものは書籍と化粧品と売薬である。この簡単明瞭なる一つの事実は何を意味するか。これはこの三つのものが、商品としての本質上ある共通な性質をもっていることを示すものと考えられる。 その第一の共通点・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・従前婦人病と言えば唯、漠然血の道とのみ称し、其事の詳なるは唯医師の言を聞くのみにして、素人の間には曾て言う者もなく聞く者もなかりしに、近年は日常交際の談話に公然子宮の語を用いて憚る所なく、売薬の看板にさえ其文字を見るのみならず、甚しきは婦人・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・その愚の極度にいたりては、売薬をなめて万病を医せんと欲する者あり。上等社会にしてその知識の卑しきこと、実に驚くに堪えたり。 ひっきょう物理を度外視するの罪にして、あるいは人にして馬に若かずと評せらるるも、これに答うるの辞なかるべし。我が・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
出典:青空文庫