・・・殊に「御言葉の御聖徳により、ぱんと酒の色形は変らずといえども、その正体はおん主の御血肉となり変る」尊いさがらめんとを信じている。おぎんの心は両親のように、熱風に吹かれた沙漠ではない。素朴な野薔薇の花を交えた、実りの豊かな麦畠である。おぎんは・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・が、何も才物だからと云って、その人間に対する好悪は、勿論変る訳もありません。いや、私は何度となく、すでに細君の従弟だと云う以上、芝居で挨拶を交すくらいな事は、さらに不思議でも何でもないじゃないかと、こう理性に訴えて、出来るだけその男に接近し・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・何方に変るか自分でも分らないような気分が驀地に悪い方に傾いて来た。気を腐らせれば腐らすほど彼れのやまは外れてしまった。彼れはくさくさしてふいと座を立った。相手が何とかいうのを振向きもせずに店を出た。雨は小休なく降り続けていた。昼餉の煙が重く・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・この男が少しでも動くか、その顔の表情が少しでも変るのを見逃してはならないような心持がしているのである。 罪人は諦めたような風で、大股に歩いて這入って来て眉を蹙めてあたりを見廻した。戸口で一秒時間程躊躇した。「あれだ。あれだ。」フレンチは・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・それは日本の国語がまだ語格までも変るほどには変遷していないということを指摘したにすぎなかった。 人の素養と趣味とは人によって違う。ある内容を表出せんとするにあたって、文語によると口語によるとは詩人の自由である。詩人はただ自己の最も便利と・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 女房はそれかあらぬか、内々危んだ胸へひしと、色変るまで聞咎め、「ええ、亡念の火が憑いたって、」「おっと、……」 とばかり三之助は口をおさえ、「黙ろう、黙ろう、」と傍を向いた、片頬に笑を含みながら吃驚したような色である。・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・子供が出来ると成程心持も変る。今度のは男だから親父が一人で悦んでるよ」「一昨年来た時には、君も新婚当時で、夢現という時代であったが、子供二人持っての夫婦は又別種の趣があろう」「オイ未だか」 岡村が吐鳴る。答える声もないが、台所の・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 松隈内閣だか隈板内閣だかの組閣に方って沼南が入閣するという風説が立った時、毎日新聞社にかつて在籍して猫の目のようにクルクル変る沼南の朝令暮改に散三ッ原苦しまされた或る男は曰く、「沼南の大臣になるなら俺が第一番に反対運動する、国家の政治・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ この国には、昔からのことわざがありまして、夏の晩方の海の上にうろこ雲のわいた日に、海の中へ身を投げると、その人は貝に生まれ変わる。また、三年もたつと、海の上にうろこ雲がわいた日に、その貝は白鳥に変わってしまう。白鳥になると自由に空を飛・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・「今日から薬が少し変るから、そのつもりで」「はい」 医者は帰った。お光は送り出しておいて、茶の間に帰るとそのままバッタリ長火鉢の前にくずおれたが、目は一杯に涙を湛えた。頬に流れ落ちる滴を拭いもやらずに、頤を襟に埋めたまま、いつま・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫