・・・なお彼は、文政十年、十六歳の春より人に代筆せしめ稽古日記を物し始めたが、天保八年、二十六歳になってからは、平仮名いろは四十八文字、ほかに数字一より十まで、日、月、同、御、候の常用漢字、変体仮名、濁点、句読点など三十個ばかり、合わせても百字に・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・ 私は職業の性質やら特色についてはじめに一言を費やし、開化の趨勢上その社会に及ぼす影響を述べ、最後に職業と道楽の関係を説き、その末段に道楽的職業というような一種の変体のある事を御吹聴に及んで私などの職業がどの点まで職業でどの点までが道楽・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・鶴さんは大変体が参って居ります。そしてこの人は科学的には治療出来ないの、私は心配して居ます。彼は生きなければなりません。その重要さがはたしてどの位わかっているかしら、よくそう思う。 この間島田へ上林からお送りしたのは松葉の茶です。今度は・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 私は去年の暮から大変体を悪くして、外出や講演が出来なくなったのでいろいろな組合からの御依頼も果せずにおります。組合の中には随分文学好きな方もあって、全逓の作品集『檻の中』が出ている位ですから私も健康が許す様になったらサークルにも出席し・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・ 美しい女が男装したときに現れる変体的な魅力は、古くは有名なフランスの名女優サラベルナールの舞台姿である。デートリッヒは貧弱であるがタキシードを巧に着た。ターキーは、もっと明るくて健康であり、若い娘の扮する男役の効果については、彼女自身・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・は吾人の肉骸を犠牲に供す。「愛国心」はこの見地に立つ。「愛国心」は変体して忠君となった。 忠君の血を灑ぎ愛国の血を流したる旅順には凶変を象どる烏の群れが骸骨の山をめぐって飛ぶ。田吾作も八公も肉体の執着を離れて愛国の士になった。烏は績を謳・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫