・・・ 保吉 女主人公は若い奥さんなのです。外交官の夫人なのです。勿論東京の山の手の邸宅に住んでいるのですね。背のすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪に結った女主人公ですか? 主筆 耳隠しでしょう・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・釣なら僕は外交より自信がある。』と、急に元気よく答えますと、三浦も始めて微笑しながら、『外交よりか、じゃ僕は――そうさな、先ず愛よりは自信があるかも知れない。』私『すると君の細君以上の獲物がありそうだと云う事になるが。』三浦『そうしたらまた・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・伊藤八兵衛に用いられたのはこの円転滑脱な奇才で、油会所の外交役となってから益々練磨された。晩年変態生活を送った頃は年と共にいよいよ益々老熟して誰とでも如才なく交際し、初対面の人に対してすらも百年の友のように打解けて、苟にも不快の感を与えるよ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
二十五年という歳月は一世紀の四分の一である。決して短かいとは云われぬ。此の間に何十人何百人の事業家、致富家、名士、学者が起ったり仆れたりしたか解らぬ。二十五年前には大外交家小村侯爵はタシカ私立法律学校の貧乏講師であった。英雄広瀬中佐は・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・文学もかつてその排悶手段の一つであったが、文学では終に紛らし切れなくなったので政治となり外交となったのである。二葉亭が「文学では死身になれない」というは、取りも直さず文学のような生柔しい事ではとても自分の最大苦悶を紛らす事が出来ないという意・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・ 政治や外交や二葉亭がいわゆる男子畢世の業とするに足ると自ら信じた仕事でも結局がやはり安住していられなくなるのは北京の前轍に徴しても明かである。最後のペテルスブルグ生活は到着早々病臥して碌々見物もしなかったらしいが、仮に健康でユルユル観・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ 父は私の躯についている薬の匂いをいやがったので、私は間もなく病院の雑役夫をよして、ある貯蓄会社の外交員になりました。貯金の宣伝は紙芝居でずいぶんやったし、それに私の経歴が経歴ですから、われながら苦笑するくらいの適任だと言えるわけですが・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・橋の近くにある倉庫会社に勤めていて、朝夕の出退時間はむろん、仕事が外交ゆえ、何度も会社と訪問先の間を往復する。その都度せかせかとこの橋を渡らねばならなかった。近頃は、弓形になった橋の傾斜が苦痛でならない。疲れているのだ。一つ会社に十何年間か・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・私たちは、ひたすら外交手段による戦争終結を渇望していたのだ。しかし、その時期はいつだろうか。「昭和二十年八月二十日」という日を、まるで溺れるものが掴む藁のように、いや、刑務署にいる者が指折って数える出獄日のように、私は待っていた。 人に・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・ぼくの仕事は机上事務もありますが、本来は外交員です。自動車屋、会社の購買、商店等をまわり、一種の御用聞きをつとめるのです。大抵は鼻先で追い返されますし、ヘイヘイもみ手で行かねばならないので、意気地ない話ですが、イヤでたまりません。それだけな・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫