・・・カイヨオ夫人の話、蟹料理の話、御外遊中の或殿下の話、……「仏蘭西は存外困ってはいないよ、唯元来仏蘭西人と云うやつは税を出したがらない国民だから、内閣はいつも倒れるがね。……」「だってフランは暴落するしさ」「それは新聞を読んでいれ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ この五色で満身を飾り立ったインコ夫人が後に沼南の外遊不在中、沼南の名誉に泥を塗ったのは当時の新聞の三面種ともなったので誰も知ってる。今日これを繰返しても決して沼南の徳を累する事はあるまい。徳を累するどころか、この家庭の破綻を処理した沼・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・お茶の水の卒業後暫く目白の女子大学に学び、先年父の外遊に随って渡米、コロムビア大学に留まって社会学と英文学研究中、病気に罹り中途で退きましたが、その時、荒木と結婚することになり、大正九年に帰朝いたしまして、その後は家事のひまひまに筆にいそし・・・ 宮本百合子 「処女作より結婚まで」
・・・ 父が外遊中、家計はひどくつましくて、私たちのおやつは、池の端の何とかいう店の軽焼や、小さい円形ビスケット二十個。或はおにぎりで、上野の動物園にゆくとき、いつもその前のおひるはお握りだった。母はずっとあとになってからでも、小さい子供たち・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ 外遊時代に書いた「支那街の記」「西遊日誌抄」などをみると、荷風はしきりにボードレェルなどをひいて自傷の状をかなでているのであるが、荷風の本質は決して徹底したデカダンでないし、きっすいの意味でのロマンティストでもないことが感じられる。荷・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・自分はこのことを彼の外遊の発途に当たってあえていう。彼はおそらくイタリアにおいて、フランスにおいて、故郷に帰ったような心の落ちつきを感ずるであろう。そうしてそれは彼を再び十年前の夢に引き戻すであろう。そこで昔の師が再び彼の心を捕えなくてはな・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫