・・・毎晩毎晩同じ夜具を着て寝るってのも余り有難いことじゃないね。B それはそうさ。しかしそれは仕方がない。身体一つならどうでも可いが、机もあるし本もある。あんな荷物をどっさり持って、毎日毎日引越して歩かなくちゃならないとなったら、それこそ苦・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 河岸は不漁で、香のある鯛なんざ、廓までは廻らぬから、次第々々に隙にはなる、融通は利かず、寒くはなる、また暑くはなる、年紀は取る、手拭は染めねばならず、夜具の皮は買わねばならず、裏は天地で間に合っても、裲襠の色は変えねばならず、茶は切れ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・いきなり縋り寄って、寝ている夜具の袖へ手をかけますと、密と目をあいて私の顔を見ましたっけ、三日四日が間にめっきりやつれてしまいました、顔を見ますと二人とも声よりは前へ涙なんでございます。 物もいわないで、あの女が前髪のこわれた額際まで、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・畳が浮いてる、箪笥が浮いてる、夜具類も浮いてる。それぞれの用意も想像以外の水でことごとく無駄に帰したのである。 自分はこの全滅的荒廃の跡を見て何ら悔恨の念も無く不思議と平然たるものであった。自分の家という感じがなく自分の物という感じも無・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・省作もそろそろ起きねばならんでなお夜具の中でもさくさしている。すぐ起きる了簡ではあるが、なかなかすぐとは起きられない。肩が痛む腰が痛む、手の節足の節共にきやきやして痛い。どうもえらいくたぶれようだ。なあに起きりゃなおると、省作は自分で自分を・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・眠くなったらソコの押入から夜具を引摺出してゴロ寝をするさ。賀古なぞは十二時が打たんけりゃ来ないよ、」といった。 賀古翁は鴎外とは竹馬の友で、葬儀の時に委員長となった特別の間柄だから格別だが、なるほど十二時を打ってからノソノソやって来られ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 泥塗れのビショ濡れになってる夜具包や、古行李や古葛籠、焼焦だらけの畳の狼籍しているをくものもあった。古今の英雄の詩、美人の歌、聖賢の経典、碩儒の大著、人間の貴い脳漿を迸ばらした十万巻の書冊が一片業火に亡びて焦土となったを知らず顔に、渠・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・「夜中に、夜具からはみだしても、いままでのように、だれがかけてくれるだろう。かぜをひかなければいいが、なにから、なにまで、私が世話をしてやったのが、もう旅に出れば、めんどうを見てくれるものもないだろう。」と、お母さんは、ひとりで考えて、・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・「私どもは貧乏で、お客さまにおきせする夜具もふとんもないのでございますが、せがれが猟師なもので、今夜は、どこか山の小舎で泊まりますから、どうぞそのふとんの中へ入ってお休みくださいまし。」と、二人はしんせつに、なにからなにまで、およぶかぎ・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・そして襤褸夜具と木枕とが上り口の片隅に積重ねてあって、昼間見るととても体に触れられたものではない。私はきゅうに自分の着ている布団の穢さが気になって、努めて起きでた。 私もそこにしてあるとおり、自分の布団と木枕とを上り口の横に積重ねて、そ・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫