・・・どうしてもお前達を子守に任せておけないで、毎晩お前たち三人を自分の枕許や、左右に臥らして、夜通し一人を寝かしつけたり、一人に牛乳を温めてあてがったり、一人に小用をさせたりして、碌々熟睡する暇もなく愛の限りを尽したお前たちの母上が、四十一度と・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・笛の名人にて、夜通しに馬を追いて行く時などは、よく笛を吹きながら行きたり。ある薄月夜にあまたの仲間の者と共に浜へ越ゆる境木峠を行くとて、また笛を取出して吹きすさみつつ、大谷地と云う所の上を過ぎたり。大谷地は深き谷にて白樺の林しげく、其下は葦・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・――僕はそれから夜通し何も知らなかったんや。再び気が付いて見たら、前夜川から突進した道筋をずッと右に離れたとこに独立家屋があった。その附近の畑の掘れたなかに倒れとった。夜のあけ方であったんやけど、まだ薄暗かった。あたまを挙げてあたりを見ると・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・昨夜は夜通し歩いて、今朝町の入口で蒸芋を一銭がとこ求めて、それでとにかく朝は凌いだ。握飯でもいい、午は米粒にありつきたいのだが、蝦蟇口にはもう二銭銅貨一枚しか残っていない。 私はそこの海岸通りへ出た。海から細く入江になっていて、伝馬や艀・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・何もせぬのに夜通し痛がっていたので、乳腺炎になったのかと大学病院へ行き、歯形が紫色ににじんでいる胸をさすがに恥しそうにひろげて診てもらうと、乳癌だった。未産婦で乳癌になるひとは珍らしいと、医者も不思議がっていた。入院して乳房を切り取ってもら・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・一月の間魂が抜けたように毎夜通い、夜通し子供のように女のいいつけに応じている時だけが生き甲斐であったが、ある夜アパートに行くと、いつの間にどこへ引き越したのか、女はもうアパートにいなかった。通り魔のような一月だったが、女のありがたさを知った・・・ 織田作之助 「世相」
・・・『お父さんはお留守、姉さんはお病気なのよ、ゆうべ夜通し泣いてよ。』『姉さんが泣いたって?。』『ハあ、お峰がそう言ってよ、そしてね姉さんのお目が大変赤くなって腫れていましたよ。』文造はしばらく物思いに沈んでいたが、寒気でもするよう・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・どうせ明日はだめでしょうから夜通し話したってかまわないさ。』 画家の秋山はにこにこしながら言った。『しかし何時でしょう。』と大津は投げ出してあった時計を見て、『おやもう十一時過ぎだ。』『どうせ徹夜でさあ。』 秋山は一・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・それで彼は生理的な発作のようにくる性慾のために、夜通し興奮して寝れないことがあった。こんなことで苦しむのはばかげたことかもしれない。が、プルドーンが、そんな時屋根の上にあがり、星を眺め、気を沈め、しばらくそうしてから室に帰り眠るということを・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・酉の市の晩には夜通し家を開け放ちにして通りがかりの来客に酒肴を出すのを吉例としていたそうである。明治三十年頃には庭の裏手は一面の田圃であったという話を聞いたことがあった。さればそれより以前には、浅草から吉原へ行く道は馬道の他は、皆田間の畦道・・・ 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫