・・・灸は女の子が笑えば笑うほど転がることに夢中になった。顔が赤く熱して来た。「エヘエヘエヘエヘ。」 いつまでも続く女の子の笑い声を聞いていると、灸はもう止まることが出来なかった。笑い声に煽られるように廊下の端まで転がって来ると階段があっ・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ そこを出て、夢中で、これまで見たことのない菩提樹の並木の間を、町の方へ走った。心のうちには、「どうも己には分からない、どうも己には分からない」と云い続けているのである。 初めての郵便車が停車場へ向いて行くのに出逢って、フィンクは始・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・一度なんぞは、ある気狂い女が夢中に成て自分の子の生血を取てお金にし、それから鬼に誘惑されて自分の心を黄金に売払ったという、恐ろしいお話しを聞いて、僕はおっかなくなり、青くなって震えたのを見て「やっぱりそれも夢だったよ」と仰って、淋しそうにニ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・この晩の印象はどうしても忘れる事ができないほど強烈である、三人とも夢中になって、熱病やみのように打ち震えた。カインツは馳け回って大声に歓呼しながら帽子を振り、ロッテはもう役者を廃めるといって苦しげに泣いた。劇場を出た時には三人とも歓びのあま・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫